6.2回目のアレと未来の約束

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 その後、遊びに行っていた神崎と岸田が帰ってきて、佐野も含め五人で食卓を囲んだ。  今日はクリスマスだったが、夕食はすき焼きだ。佐野は誰かが家に来た時、必ずすき焼きを作るそうだ。本人曰く、大人数の分を一気に作れるのが楽らしいが、他の三人は彼なりの持て成しだと言っていた。本当はもう一人一緒に暮らしている人が居るようだが、今日はバイトで帰りが遅くなるとかで居ないようだ。  夕食後、いい時間になってきたのでそろそろ帰ろうとしている時、大原が駅まで送って行く、と言ってきた。嬉しかったしもっと一緒に居たかったが、風邪で学校を休んでいたのにそんなことをさせる訳にはいかない。それに、少し辛そうな顔をしていた。もしかしたら薬が切れて熱が上がってきてしまったのかもしれない。  玄関までで良い、と言ったのにやはり大原は外まで付いてきた。 「今日は約束守れなくてごめんな。でも、来てくれてありがとう。嬉しかった」 「俺も来て良かった……あ、そうだ!」  昨日の夜から忘れないようにと、ずっと鞄の中に入れていた存在を思い出す。彼の為に用意したプレゼント。昨日から今までずっと鞄に入れていたせいか、包装紙が少しくしゃっとしていた。くしゃくしゃになったプレゼントはちょっとアレだが、まあいいやと彼に押し付けた。 「……開けてもいいか?」 「もちろん。早く開けてよ」 彼に渡したプレゼントの中身は、白とグレーのチェック柄のマフラー。ありきたりなデザインの物になってしまったが、これでも一生懸命選んだのだ。いつも薄着の彼が風邪を引かないように、と思ったのだがもう手遅れだった。  でも、大原は嬉しそうだった。さっそくマフラーを首に巻いて、少し照れ臭そうに見せてきた。あまりにも嬉しそうだったから、何だかこっちまで恥ずかしくなってしまう。そんなに喜ぶなら、もっと高価なものにしておけばよかったと、少しだけ後悔した。 「ありがとう!大切にする!」 「そ、そんな大した物じゃ無いし!」 「……早川から貰ったから、本当に嬉しい」  子供みたいに喜ぶ大原に、早川も嬉しくなる。プレゼントを買って良かったと思った。 「大原、最近何か悩んでるって聞いたけど、元気になってくれたみたいでよかった」 「え、俺が?」 「うん、神崎が心配そうにしてたよ」 「光が……?あ、ああー……わかった」  何か心当たりがあるようだった。本人はあまり気にしていない様子なので、実は神崎の心配しすぎなだけなのかもしれない。 「進路が……どうしようかなって」 「え、進路?」  なんだ、そんなことだったのかと早川はほっとした。成績の良い大原はきっと良い大学に行けるだろうし、何処に行こうか悩んでいる程度だと思ったのだ。しかし、早川の予想は大きく外れる。 「就職しようと思ってたけど、先生から進学しないかって言われててさ」 「ええっ?!就職だったの?!」 「えっ、そのつもりだったけど」  そんなに驚くことか、と逆に大原が驚いていた。就職が悪いことだというわけではないが、こればかりは早川も先生の進学を進める気持ちが分かる。成績がいいし、勉強も嫌いではないのだから、勿体ない。 「進学だと思ってた!何で進学しないの?」 「えーだって……金、無いし」 「学費とか?」 「それもあるけど…もし大学に行っても、今と同じでバイトばっかりやることになりそうだし……」  理由は何となく、なんて甘いものではなかった。  大原は、本当はバイト三昧な生活は嫌だと言った。金銭面で助けてくれる人が彼には居ない。だから仕方なく、生きる為に働いているのだ。勉強が好きだったし、周りの人間が当たり前のように行く高校にはどうしても行きたくて、高校には入学した。  しかし、大原は自分は他の人と同じような高校生活を送ることができないという現実をすぐに突きつけられた。  今まで貰っていた小遣いだけでは教科書を買うのがやっとで、みんなが持っているような参考書は買えない。英検などの資格を獲るにもお金がかかる。模試を受けてみたくても受けられない。もちろん塾にも行けない。本当は早川と同じように運動部に入って中学生の頃やっていたスポーツを続けたかった。もし部活が無理でも、他のクラスメイトたちのように駅前のカラオケやファミレスで遊んでみたかった。  佐野には好きなようにしていい、と言われていたが、気が引けた。神崎や岸田もいるし、なるべく金はかからない方がいい。やってみたいこと全てを、大原は我慢して来た。  この生活は、大学に進学しても変わらない。だったら早く社会人になって、この生活から脱却したい、というのが大原の考えだ。 「奨学金とかあるから考えてみろって言われて、進学したくないわけではないし、すごく迷ってるんだけど……どうしようかな」  早川は、何も言うことが出来なかった。比較的裕福な家庭で育った早川には、想像も出来ない理由で、助けてあげることも出来ない。   「そっかあ……俺、大原と一緒に大学生やってみたかったけどなあ……」 思わず溢れてしまった願望。こんなこと言ってしまったら大原は困ってしまうかもしれない、と少し後悔したが、実際は困った様子では無かった。むしろ、興味を示しているようだ。 「一緒の大学かあ……悪くないな」 「楽しそうだなって思ったけど、別に大学行かなくても一緒に居れるし!大原が決めることだから!」 「今まで考えたことなかったけど、本当にいいなと思う」  案外進学に前向きになってしまった大原。本当は心のどこかで進学したいと思っているのではないだろうか。 「大学の授業は高校と違ってもっと自由だって聞くから、学年が一つくらい違っても、同じ授業を受けられるかもな」 「俺と大原が同じ授業か〜。めっちゃ教えてくれそうじゃん」 「早川はすぐ寝そうだな」 「寝ないよ!今だってちゃんと授業受けてるし!」 想像しただけで楽しそうだった。実現するかはわからないが、話すだけなら何も悪いことはない。金銭面の理由は、悲しいが同じ高校生の早川には助けられない。奨学金や特待生制度などを利用して、大原自身が頑張るしかないのだ。早川に出来るのは、こうやって楽しい話をしながら応援する事だけ。 「永太郎!いつまで外にいるんだ?風邪が悪化するぞ」 「あ、はい!もう戻る!」  いつまで経っても戻らない大原を心配して、佐野が外に出て来た。もう時間切れだ。  佐野はまた来なさい、と言ってくれた。きっと、というか絶対近いうちにまた来る。なぜなら、大原も仲の良いクラスメイトたちも住んでいるのだ。佐野とも仲良くなった。来ない理由はない。  約束通りのクリスマスにはならなかったけど、早川にとっては楽しいクリスマスになった。新しい未来の約束も出来た。ずっと先の約束なんてしたことが無かった。大原は大学生になっても一緒に居たいと考えてくれているということなのか、なんて考えて少し顔が熱くなった。未来の夢みたいな話をするのは少し気恥ずかしいけど、案外悪くない。
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