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金庫で寝る、みんな帰った。
こつんこつん
金色の長いハンマーを目当てのドアに打ち付けると、さっきまで蝶番が壊れんばかりにガタガタ暴れていたドアは大人しくなった。
三メートル上にある、二十センチ四方程度のドアに正確にハンマーを中てるのは結構コツがいる。今ではハンマーの手の返し方、打ち方の順序や叩く位置に美学とこだわりを持つようになったが、新人の頃はとにかく間に合わせるので精いっぱいだった。
あと三時間か、そろそろ仮眠している相棒を起こしに行くか。私はどのドアも爆発的兆候を見せていないことを確認して仮眠室に向かった。
我々も、金庫に入った連中も、夜感傷的な気分になるのは同じなのだろうか。日の光の入らない地下で、宿主から離れた物体に過ぎないモノが、どうやって昼夜を認識するのか。彼らが金属製の重たいドアを弾き飛ばさんばかりの力で暴れだすのはなぜか、何も、誰からも教わったことはない。
くんっ どたっ
私は何かを踏んで足を滑らせ、盛大に転んだ。木の床とはいえ、転べば当然痛い。私はしばらくその場にうずくまった。
「いったあ…」
床に落ちていたのはガラス玉だった。
「どうしてここに?」それは、本来なら金庫に入っているはずのものだ。私は頭からざあっと血の気が引いた。いやしかし、今日は高気圧のせいか、これまでせいぜい五個くらいしか暴れてなかったはずだ。
私はその瑠璃色のガラス玉を手に取り、じっと観察したが、金庫に入っているものならあるはずの識別番号はどこにも見当たらない。
ということは、客が持ち出しに来るとき、ここで泣いたんだろう。これはその時回収し忘れた一粒に違いない。私はそのガラス玉をそっと制服のズボンのポケットに入れ、寝こけているであろう同僚を迎えに行った。
◇
数日後、休暇を終えて職場に復帰し、日勤の仕事を終えて制服のジャケットを脱ぐ時、例のガラス玉がまだポケットの中にあることに気付いた。私の顔から血の気が引いたが、今日一日、誰からもなんとも言われなかったことに気付いて、そのまま家に持って帰ることにした。こんなことがなければ直接手に取ることも出来ないようなものだから、一晩くらい一緒に過ごしてみたかった。
明朝、昨日は休み明けでぼんやりしていたけど、これを拾っていましたと報告したって遅くはないだろう。その時の気分で決めよう。
家に帰宅すると、私はウィスキーグラスに水を張って、その中に瑠璃の玉を入れた。いつもの総菜屋で買った二、三のおかずをテーブルに並べ、もう一つウィスキーグラスを出し、そちらには氷とウィスキーを入れた。水に浮かべればいいという知識などなかった。ただ、こうなる前は液体だったのだから、なんとなく仲間と一緒にいた方がいいのかなと思ったまでだ。
瑠璃の玉はしばらくおとなしくしていたが、私の食事が終わる頃に30センチほどぴょんと跳ねた。私の部屋の窓のブラインドの隙間から、大きな月が出ていた。
「きみは月が好きなのか?今日の月はひと際綺麗だね」
私は月が良く見えるようにグラスを持ち上げてこう話し掛けたが、瑠璃の玉は水底でじっとしたままだった。
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