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プールで寝る、跡が残る。
私たちが作業を始めてどれくらい経つだろうか。最初は楽勝だと思っていたのに、今は常に頭のてっぺんがしゅわしゅわと泡立つような感じがして、息苦しくて目のあたりがかっと熱くなる。手がかじかむ寒さなのに喉が渇くので、とっくに冷めたはちみつレモネードで唇を湿らせた。
「ねー、あと何個膨らませるつもり?」出来上がった風船をプールにまた一つ放って、私は隣のケイスケに言った。私たちの脇にはダイソーで買った風船の袋がまだ三、四つはあった。
「うーん、プールの水面が見えないくらい浮かべたいし、まだまだあるね。がんばれ」
「なにその他人事な言い方」
「ひゃんと作業はひてるらろ」風船を膨らましながらケイスケは言う。キャンプ用のLEDランタン二個だけでは彼の表情も覚束ない。もしかしてロマンティックな雰囲気になるのかな?と思っていたのに、蓋を開けてみると私たちのノリはいつもと一緒だった。
それにしても寒い。制服のスカートだけでは寒いから、下にジャージを穿いているけれど、硬くて冷たいコンクリートの床からは耐え難い冷気が染みてくる。早く終わらせて寝袋に入りたい。
「にしても、ケイスケは最後まで不真面目な生徒会長さんだったよね」
「なにを言うか。こんな真面目な生徒会長はいないぞ。校則も破ってない」
「まあね。確かに校則にはプールに風船を浮かべるなとは書いてないけど」
卒業のその日まで、生徒諸君にエンターテイメントを提供するのが僕の使命なのです!とケイスケは握りこぶしを胸に当て、演説口調で言った。近所迷惑にならないように、小声になっているのが案外小心者なケイスケらしくて、可笑しくてたまらない。
最後は口で息を吹き込むのもしんどくて、付属のちゃちい空気入れをかじかんだ手でぺこぺこ動かした。風船たちはプール一面にお行儀よく揺れていた。天気予報を見ても、風船の浮き防止に体育倉庫からバレーボールのネットを引っ張り出さなくても良さそうだったので、一つ仕事が減ったとほっとした。
私たちはおのおの寝袋を引きずるようにして浄化水槽に向かった。もうプールに入る前に塩素漬けになることはないものの、取り壊されずに残っているこの一角が人目も避けられ、かつ寒さを凌げるだろうと踏んだのだ。しかし、寝袋に入ってもつま先の感覚は戻らないし、頬も鼻の頭も冷たかった。
「寝られないよな」ケイスケも同じことを思っていたらしい。
「やっぱ寒いよね。ダメじゃん、明日卒業生代表挨拶するんでしょ」
「いや、そうじゃなくて」
すっとケイスケの顔が近づいてきて、散々風船を膨らませてかさついた唇が私の唇に触れた。さっきリップを塗りなおして良かった。大げさな桃の香りが漂った。
ああどうしよう。夜が明けたら、私たちは卒業してしまう。合格していたらケイスケは春から京都、私は東京だ。
起きたとき、ケイスケの頬と私の手首には浄化水槽のタイルの跡がくっきりついていた。
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