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名無様リクエスト ~コウモリショタ執事~
【St.Evilnight Saga ~小さな執事~】
今年新たに主に仕えられる年齢になった2匹の蝙蝠執事は、やる気に満ちていた。
『主のお役に立つんだ』
『主が喜んでくれることをするんだ』
その主はと言えば、妖艶な笑みを浮かべてそんなおチビさんを眺めていた。
しかし、やることなすこと失敗ばかり。
ある日は主に出す紅茶のカップをひっくり返してワンピースを濡らし、またある日は主の髪留めを落として壊してしまった。
あまりに失敗続きなので、2匹の落ち込みようといったらない。
大人の蝙蝠達にも散々叱られてばかりだった。
『何だい、僕達だってやれば出来るんだ!』
『注意力が足りないとか、うるさい小言ばっかり!!』
休憩時間に外の木にぶら下がってキーキーと喚く。
『そうだ。山にしか咲いてないっていう、黄金草とかいう花、見せたら、主喜ぶかな?』
『金ピカの花なんて、珍しいから主きっと喜ぶよね!』
そして2匹は周りが寝静まった明け方に抜け出し、山へと向かった。
―― が。
『ねぇ、金ピカの花、ありそう?』
『そんな花、ないよ。おかしいな、幻の花とかじゃないはずなのに』
太陽は南中に差し掛かっているというのに、一向に見つからない。あるのは青紫色の花ばかり。
2匹は眠い目をこすりながら、薄暗い山の中を飛び回った。
『そろそろ皆、起きて来るよ。早く戻らないとまた怒られる』
しかし、今日は奇しくも晴天。太陽の日差しが強い中、飛び回ることは出来ない。
理由は二つある。
一つは、黒い翼は陽の光を集めすぎて体が高温になってしまうから。
もう一つは、タカやハヤブサなどの捕食者に襲われる危険性が高いからだ。
2匹は、ポカポカとした陽気の日向に目を向ける。
『暑そう……』
『丸焼きになることはないと思うけど……』
こんな日差しの中を飛んだことはないので、ちょっと不安そうだ。
『帰れなかったら……皆に、主に二度と会えなかったらどうしよう……』
『そ、そんなこと言うなよぉ!!』
グズグズと山の中にいると、スイーっと飛んできたツバメに声をかけられた。
「あら? あなた達もしかして、教会のヴァンパイアに仕えてる子達?」
2匹は驚いて、目を丸くする。何故、そんなことを知っているのかという顔だ。
『うん。そうだけど……』
「主の女性も蝙蝠達も、互いが探しに行くと言って譲らなくて、お互いがお互いを止めてたわよ? みんな、とても心配そうにしていたわ」
こんな太陽光の下を主が歩くなど自殺行為だし、他の蝙蝠達だって、自分達と同じ理由で昼中は飛べないハズなのだ。
それなのに。
『そ、んな……』
『主、みんな……』
涙がポロポロと零れ落ちた。
浅はかな行動で皆に心配をかけ、下手をしたら危険な行為をさせてしまったかもしれないのに。
そんな2匹を見て、ツバメは肩をすくめた。
「そもそも何で、子供だけでこんなところにいるの?」
『金ピカの花を探しに来たんだ』
「金ピカの花?」
『黄金草っていう花で、山に咲いてるって……』
「黄金草? あぁ、コガネバナのこと? 目の前に咲いてるじゃない」
しかし、目の前にはリンドウのような姿の青紫色の花しかない。
『一体、どこに……?』
2匹の目が探すように忙しなく辺りを見回しているのを見て、ツバメは軽く飛んで翼でそっと触って見せた。
『嘘だ! だってそれは青紫色で、ちっとも黄金なんかじゃない!!』
「コガネバナは、根が黄色をしていることからそう呼ばれるのよ。花の色じゃないわ」
脳天に雷が落ちたような衝撃が2匹を襲った。
あまりにもショックだったのだろう、意気消沈してしまった姿を見て、ツバメは傍に咲いているまだ蕾の花を翼で指し示す。
「あの女性なら、こういう花が好きなんじゃないかしら。一緒に摘んでいったらどう?」
そう言われても、蕾だ。どんな花が咲くのかは分からない。
『綺麗な花なの?』
「そうねぇ、種類が色々あるけど……咲いてからのお楽しみじゃないかしら? あなた達だってそうでしょ? 立派な大人になるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、誰かの目には留まるわ」
言われて、主が下僕にした神父を思い出す。見た目だけが取り柄のロクデナシなのに、それでも主は下僕にしたのだ。
「あなた達、夕方になったら帰りなさい。主の女性に知らせてきてあげるから」
そう言って、ツバメは飛んで行った。
夕方になると、雨粒が空から落ちて来た。
2匹は降りしきる雨の中、蕾の花とコガネバナを摘んで飛んで帰る。
帰り着くと、大人の蝙蝠達が怒り心頭の様子でいるのを見て、主が手を軽くあげて宥めた。
「おかえり、お前達。冒険は楽しかった?」
そう言っていつも通り妖艶に笑う主は、ホッとした顔をしていた。
その表情に、胸がギュッと苦しくなる。涙腺が緩んで、うりゅっと瞳に涙がにじんだ。
『主。ごめ……ごめんなさい』
『心配させて、ごめんなさい』
帰ってきたことでホッとした2匹は、縮こまりながら謝った。
「そうねぇ。誘拐でもされたのかと心配したけど……あんな遠くの山まで出かけていくなんて、大きくなったのね。何をしに行ったの?」
言いながら、足に掴んでいる花に目を向けたので、二匹はそれを主の手の中に落とした。
上手に手折ることが出来ず、根がついたままのそれを、主は目を細めて、「頑張って取ってきたのね」と言わんばかりに受け取る。
「コガネバナと芍薬の花?」
『珍しい花が見られたら、主、喜んでくれるかなと思って』
『山で会ったツバメが、主はその蕾の花が好きなんじゃないかって……』
もごもごと恥ずかしそうに言うと、主は花が綻ぶように微笑んだ。
「綺麗な花ね、ありがとう。でもお前達、冒険もいいけど、行き先くらいは言付けて行きなさい。皆、とても心配していたわ」
それが怒り心頭の大人達のことだと分かって、シュンとしながら『はぁい』と小さく返事をすると、主は下僕にしたロクデナシ神父に湯を持ってくるように命じる。
たらいに張られたぬるま湯に浸されて羽や体を洗われると、ふかふかの布にくるまれた。
「少し休みなさい。寝てないでしょう?」
主の膝に乗せられて優しく撫でられていると、疲れも手伝ってうつらうつらとしてくる。
そしていつの間にか、夢の世界へ旅立った。
その後目覚めると、2匹揃って熱を出していた。
主は丁度薬があるわと言って、摘んで来たコガネバナの根を煎じて飲ませてくれた。
回復すると、大人の蝙蝠達に散々叱り飛ばされた。だがそこには、愛情がきちんと込められている。それが伝わって、2匹は心から反省した。
「お前達が摘んで来てくれた芍薬の花、咲いたわよ」
この花は、蕾の状態で切り花にすると、咲かせるのは難しいらしい。それをあのロクデナシ神父が、茎の先を少し火で炙る処置を施したのだそうだ。そうすると水揚げが良くなって、花を咲かせる確率が高くなるのだという。
花瓶に生けられた花を見に行くと、八重の芍薬だった。柔らかそうな花弁が幾重にも重なって、まるでシフォンドレスのようだ。
「綺麗ね。お前達が頑張って摘んで来てくれたおかげで、見ることができたわ」
そう言って微笑む主を見て、2匹は嬉しくなった。だが、違うモノにも気が付く。
『主、その髪留め……』
見覚えのない髪留めが、その後ろ髪を飾っていた。
「あぁ、下僕がくれたのよ。ないと不便だろうからって」
どういう経緯でそれを準備したのかは分からないが、主の為に買って来たのだとすると、何だか心がモヤモヤする。
そう言えばこの芍薬も、あの下僕が……!!?
自分達のミスを、どうやらあのロクデナシ神父は主の心を射止めるチャンスに変えているらしい。
そのことに気が付いたら、何だか無性に腹立たしく悔しい思いがした。
あのロクデナシ神父を、あんなにも目の敵にしている大人達を見て、ただ漠然とそういうものかくらいに思っていたのだが……理由が分かった気がする。
なので、礼拝堂の掃除をしているロクデナシ神父のところへ飛んで行って、その頭上で喚いてやった。
『プレゼントした花、咲いたから主が喜んでた!!』
『主に似合う、八重の芍薬だった!!』
いきなりそんなことを言い始めた2匹を見て、急に何を言い出すのかという顔をロクデナシ神父はしたが、そんなことは構わない。
「あぁ、咲いてたな。高杜さんが、八重だわと暫く眺めていたが」
さらりと流されたので、それも何だか無性に腹立たしい。
神父憎けりゃ修道服まで憎いというやつだ。
何か一言、ぎゃふんと言わせてやりたい。
この神父が経験したことのないような、何か、優越感に浸れるもの……。そう考えて、2匹はう~んと知恵を絞る。
『我らの主は優しくて、それでそれで、モテるんだ!!』
「あぁ……この間ストーカーに付き纏われて、俺まで巻き込まれたから知っている」
さらりと流されて、これまた負けたようで悔しかった。
ならば。究極のとっておきだ!!
『あ……主の膝は、柔らかくて気持ちいいんだぞ!!』
『そうだそうだ。お昼寝すると極上なんだ!!』
一体こいつら、何が言いたいんだという目を向けてから、ロクデナシ神父は少し考えると、何かに気が付いたようにさわやかに笑って言った。
「そうか。じゃあ今度、高杜さんの膝を枕にさせてもらおう」
―― この神父、どこまでロクデナシ!! 聖職者の風上にも置けない!!
思わぬ返答に絶句した2匹は、折角下がった熱が再び上がるような気がした。
『こ、このロクデナシ!!』
「今に始まったことじゃないから知ってるだろ」
『下僕のくせに、主に膝枕させようと画策するなんて!!』
「お前達だって俺と立場同じだろ? だから褒美にねだるといいぞと教えに来てくれたんじゃないのか?」
『違うっ!!!!!』
力いっぱい、最大級の否定の鳴き声が、礼拝堂に響く。
「ちょっと下僕、その子達まだ病み上がりなんだから、意地悪しないでちょうだい」
声を聞きつけた主が、礼拝堂に顔を出した。
「意地悪なんてしてませんよ。ちょっ……痛いだろ」
しれっと言うロクデナシ神父を羽でバシバシ叩いて見せてから、主の胸に飛び込む。
『あ~る~じ~!!』
『ロクデナシが意地悪する~!!』
「こう言ってるけど?」
「病み上がりだから、まだ頭が正常に作動していないんでしょう」
『バカにするな!』
『我らを愚弄するな!!』
「ほぉ? 難しい言葉を知ってるじゃないか」
「下僕、からかうのもそのくらいにしなさい」
主に抱かれながら、ベーと舌を出して見せた。
そして2匹は思うのだ。
やっぱりこのロクデナシ神父、いけ好かない、と。
END.
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