St.Evilnight Saga ~ハロウィンの詐欺的奇跡~

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 明日の準備に手間取ったな。  ミサの用意を終えて戻ると、キッチンに高杜さんの姿があった。  一日、Trick or Treat!! を聞き続け、菓子を配り続ける役目をしたのだ。試しに(あるじ)にそれを言ってみても良いのではないかという気がした。 「高杜さん。Trick or Treat」  椅子に座るなり言ってはみたものの、どんないたずらをするかは考えてはいない。  高杜さんはちらりと俺を見てから何も言わずに立ち上がると、着ていたガウンをパサリと脱ぎ落とし、俺の膝の上に横座りする。  困惑する俺にはお構いなしに、優雅に足を組んだ。  短いスカート丈から伸びた、すらりとした足が眼前に(さら)される。 「下僕、Trick and Treat」  ―― お菓子をくれてもイタズラするぞ。  テーブルの上に置いてあった、丸い団子の乗った皿を手にすると、竹串を刺してそれを俺の口に当てた。  ―― 食べろってことか?  口を開けばその丸い団子を入れられる。温かい団子を咀嚼(そしゃく)すると、中にイカのようなものが入っていた。 「これ、何ですか?」 「たこ焼きと言うそうよ。小麦粉を焼いて作るの。東の国では、これがご飯の代わりだって聞いたわ」  また間違った知識を仕入れてきたらしい。 「それは多分、中にタコを入れるから”たこ焼き”と言うのでは?」 「じゃあ、それはイカ焼きね」  イカ焼き、別の食べ物だと思うのだが……まあ、そんな些末(さまつ)なことを気にしても仕方がない。 「それで? 今度は何を(たくら)んでいるんですか?」 「(たくら)む?」 「血が欲しいのならあげますよ。ただ、神父業は明日からが本番ですから、あまり大量に飲まれては困りますが」  キリスト教にハロウィンという祭りはない。本来はケルト文化の祭りで、キリスト教からしたら異教の行事だ。  しかし、11月1日は教会暦の「諸聖人の日(ハロウの日)」で、11月2日は「死者の日(万霊節)」。  それを「オール・ハロウズ(All Hallows)」や「ハロウマス(Hallowmas)」と表記することから、諸聖人の日の前の晩は「ハロウ・イブ(Hallow Eve)」と呼んで精霊を祭る夜になり、「ハロウ・イブ」がなまって「ハロウィン」へと変化したのだ。  だから神父は、ハロウィンの翌日以降が本番だ。「諸聖人の日」に合わせてミサを行い、地域によってはロウソクや花を持って墓参りをする信徒達の対応をしなければならない。 「つまらないわね。せっかく人が大人らしいをしてあげてるのに」  大人らしいおもてなし?  まさか昼間、色仕掛けは無理だと言ったことを気にしてこんなことをしてるのか? 「高杜さん、体を冷やすような格好(かっこう)は控えて下さい。前にもお話したと思いましたが?」 「うるさいわね。ミニワンピは最近の流行りなのよ」  新たなイカ焼きに竹串をぷすりと刺すと、俺の口にぐりぐりと当ててくる。 「またストーカーに狙われますよ」 「ストーカーから(あるじ)を守るのは、下僕の仕事でしょ?」  守られなきゃならないようなか弱い女性ではないだろう。蝙蝠(こうもり)達を(したが)える魔物なのだから。    再び口の中に入れられたイカ焼きを一口噛むと、鼻の奥がツンっとして、口いっぱいにワサビの味が広がる。生理反応で、涙がにじんだ。 「水、高杜さ……」 「用意してないわ」  どいてくれれば自分で()む!!  しかし、彼女は俺の膝の上に重しのように乗ったまま、動く気配はない。  仕方ない、残りのタコ焼きモドキで口直しを……。  皿に残るタコ焼きを、指で()まんで口に入れると、今度はキムチの味がした。 「!!!」 「楽しい味に当たったようね」  ロシアンルーレットか!!  コロコロと笑う高杜さんが、ヴァンパイアではなく魔女に見える。  苦しむ俺を見て、彼女は肩をすくめた。 「仕方ないわねぇ」  残るたこ焼きモドキの一つに竹串を刺すと、再び俺の口に押し当てる。 「口直しよ。中身はチーズ」  チーズならば大丈夫だろうとパクつく。キムチの辛さが少し和らいだ気がした。 「……この中身、どれに何が入っているのか、高杜さん覚えてるんですか?」 「えぇ、もちろん。下僕が私に食べろって言った時のことも考慮して」  どうやら、多少は学習しているらしい。 「あと、何を入れたんです?」 「もう可笑(おか)しなものはないわね。用意したジョーカーを、下僕が二つとも引いてしまったから」  いや、最初のは貴女(あなた)が俺の口に放り込んだんじゃ……。  確信犯的にやったクセに、俺のせいにするのはどうなのか。 「それにしても、神様はちゃんと見ているのねぇ。下僕が仕事をサボるから、バチを当てたんだわ」 「仕事しましたよ。子供達の相手、ちゃんとしたでしょう?」 「買って来た時のまま、(かご)に移すこともせずに箱から出してたわよね」 「(かご)に移したところで、味も何も変わりはしませんよ」 「気持ちが違うでしょうに」  持っていた竹串でたこ焼きモドキを一つ刺すと、彼女は自分の口に入れる。 「他に、何が入っているんですか?」 「あとはパイナップルとミカンとショコラね」  甘いものを詰め込んだらしい。  どうやら本当に、ハズレばかり引いてしまったようだ。  残りのたこ焼きモドキを()まんで食べると、今度は甘ったるい味が口腔(こうくう)に広がった。  高杜さんのイタズラに付き合わされて、余計に疲れた体を引きずって寝支度を整え、寝室へと向かう。  中に入ると、何故かベッドがない。  代わりにあるのは、花が()き詰められた黒い(ひつぎ)が一つ。  ―― いや、ヴァンパイアらしい寝床だろうけれども。  もういいか。明日は忙しいし、ベッドを探すのも面倒だ。このまま寝よう。  (ひつぎ)に入って体を横たえると、花の香りが鼻腔(びくう)()いた。  
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