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朝日が昇って随分経つのに、下僕が起きてこないわ。
今日は忙しい日でしょうにと思っていると、礼拝堂が騒がしい。
信徒達が続々と集まっているのは気配で分かっていたけれど、世間話で盛り上がっているという雰囲気ではなさそうだった。
様子を見に行った方が良さそうね。
私は礼拝堂へと足を運ぶ。
扉を開くと、昨日の少女がトテトテと駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん! 神父様を殺しちゃったの?」
下僕を殺した?
今更殺さなくても、もう人としては死んでるわよ?
おかしなことを言うわねと思って祭壇を見ると、そこには何故か黒い棺が一つ。
男性信徒がバール(釘抜き)を持ってきて、棺の蓋をこじ開けていた。
「ポラード神父!!」
「そんな! 昨日までお元気そうだったのに!!」
蓋が開くと、棺を取り囲む群衆から声が上がった。
下僕? 何でそんなところに?
そんなことよりも、一体誰が……?
状況が分からずにいると、天井から花が降って来た。
見上げると、可愛い子達が足に花を引っ掛けて飛んでいる。
―― お前達の仕業なの?
だとするなら、疑惑の目は私に向いてしまうかもしれないわ。
私が棺に歩み寄ると、信徒達が向ける視線が厳しい。
疑われてるわね。
棺に横たわる下僕の手に自分の手を重ねると、私は涙を零して見せる。
「昨晩、蝙蝠が怪我をしているのを見つけて、神父様が手当てをなさって。自分のベッドをその蝙蝠にお譲りになられたんです。寝るところがないなら、自分は空いている棺で休めばいいと仰って、こちらにいらしたんでしょう」
「なら、何故亡くなっているんだ!!」
そんなに怒鳴らなくても、私の耳は遠くはないわ。
それに、何度も言うけど、下僕はもう死んでるわよ。
「それはきっと、この花が原因ではないかしら?」
棺に納められた花の一つを摘まんで掲げると、信徒達が騒めいた。
「毒花……」
「今、花を降らせている蝙蝠達は、昨日神父様が助けた蝙蝠の仲間なのでしょう。この花はとても綺麗だわ。お礼のつもりで摘んで来た花が、たまたま毒花だった。そして、棺に入っているから亡くなったのだと勘違いをして、蓋をしたんじゃないかしら」
「蝙蝠が、蓋をしたり釘を打ったりするわけがないだろう!!」
「この子達を馬鹿にすると、痛い目をみるわよ? 出来るわよね?」
落ちていた金槌と釘を祭壇に乗せると、蝙蝠達が急降下してそれを掴み、棺の蓋が乗せられる位置に釘を器用に打ち込んだ。
「見事なもんだな……」
そうでしょう? 私の可愛い子達は、優秀なのよ。
華麗な蝙蝠達の連携プレイに釘付けになっている信徒達に向けて、私は結論を口にする。
「こうして悲しい不慮の事故は起きてしまったのよ。神父様を慕った蝙蝠達もきっと、悲しみに暮れているはずだわ」
そんな訳はないわね。
その証拠に、子供達の上には無毒の花を。下僕の顔の近くには毒花を落としている気がするし。
「そうか、蝙蝠達はお礼をしようとして……。これは不慮の事故なのか。ポラード神父、ロクデナシだったが、最後に良いことをなさったんだなぁ……」
信徒にまでロクデナシだとバレてるわよ。神父として、どうなの?
それにしても、これはチャンスだわ。
男手があるなら、楽にイタズラ出来る。
「寂しいけれど、そろそろお別れをしなくては」
信徒の一人が、一度開けた蓋を再び持ち上げる。
私は温かい下僕の頬をそっと撫でると、悲しそうな顔を作った。
「ポラード神父、土の中でゆっくり休んでちょうだい」
埋められたら、出て来るの大変なのよねぇ。
心の中で高笑いをし、下僕から手を引こうとした次の瞬間。
その手を、掴む手があった。
「高杜さん。勝手に人を死んだことにして埋めないで頂けますか?」
体に血が通っていることを知っているくせに、何を埋めようとしているのかと、その目が語った。
「ポラード神父が生き返ったぞ」
「奇跡だ。今日は諸聖人の日。きっと主が奇跡を起こされたのだ」
「ロクデナシだと思っていたが、やはり神父様は人知れず聖人としての行いをなさっていらしたんだなぁ……」
信徒達が感動に浸る中、私は心の中で舌打ちする。
「まぁポラード神父、キリキリ働く為にお戻りになられるなんて、聖職者の鏡ですわね」
「死に損ないなので、今日明日は手伝ってくれますよね? 高杜さん?」
「何で私が?」
「善行をすれば、もしもの時に主が奇跡を起こして下さるかもしれませんよ?」
魔物に、神がどんな奇跡を起こしてくれると言うのよ!
結局、下僕は奇跡的に生き返った聖人として祭り上げられ、余計に仕事が舞い込む羽目になった。あまりに忙しいので、そろそろロクデナシしたい。仮病でも使うかと逃亡計画を立てているようだった。
私の可愛い子達は子供達に大人気で、礼拝堂の中を我が物顔で飛び回り、子供達と戯れる。
「何か面白い事ないかしら」
そんな蝙蝠達を眺めながら、私は鰹節を片手に、次の暇つぶしを考えるのだった。
END.
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