天国へ誘う本

5/6
前へ
/6ページ
次へ
その後も何度も何十回も、目を閉じると 身に覚えのある景色に、覚えのある光景が写り 思い出そうとした度に、現実に戻されては、また忘れている 覚えていたはずの景色に何度も何十回も(すが)った。 寂しいと感じた気持ちは、いつしか意味を変え ページを捲る度、目覚める度に、何故か涙が流れていた。 そしていつしか、空白のページは、埋まり最後の1ページだけとなった。 夢中で追いかけた、これまでの景色を追う為。 目を閉じようとした時だった。 不意に我に返り、あの女性の一言が脳裏に蘇った。 「この1冊は、貴方の人生を左右します。」 何十回と今まで体験したこの感覚の中で、自分の中で、それは確信へと変わっていた。 恐らくこの本が見せる景色は、自分の頭の片隅に眠った後悔した出来事だ。 一番最初に見たあの駅で待つ人影は、高校の時に好きで好きで仕方がなかった同級生が、 親の事情で転校する日。 言えなかった言葉。悩んで悩んで間に合わなかった最後のチャンス。 次に見た景色だってそうだ。 幼馴染で高校も一緒だった友達と喧嘩をして、素直に謝れずに 逆ギレして怒鳴って、そのまま口を利いていない。 その後見た光景も、全部自分の後悔。 きっとこの最後の空白のページが見せるのもそうだろ。 僕は、空白のページを眺め、ゆっくり瞼を閉じた。 するとそこは、この本と出会ったショッピングモールの本屋さんのレジの前だった。 僕は、この本を持ってレジに立っていた。 レジスタッフの女性が、その1冊にブックカバーをかけるか聞いてきたので ふと我に返った僕は、口を開かず考えた。 暫く沈黙の時間が過ぎると、女性が先に口を開いた。 「素敵な景色が載っていたでしょ?この本」 「えぇ。とても素敵な、それでいて残酷な。」 「これから先は、貴方の自由です。この本の続きを見るか、それともこの本をもう一度見るかは。」 彼女の一言に、僕は本を見つめてこの本が見せてくれた過去の後悔をゆっくり思い出した。 そして彼女に、やっぱりこの本は、大丈夫です。と その場を去ろうとした。 すると彼女は、微笑み「良かった。」と答え最後に僕に聞こえる位の小声で 「良い人生を。」と添えた後、僕の意識は、遠退いた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加