プロローグ

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 学校という静寂が訪れない場所で、唯一音から隔離された空間。それが図書室だ。  静寂という音符の群れをすり抜け、誰も座っていない丸机にカバンを下ろす。いつもの席だ。この席は、彼女がよく見える。  一般生徒が座るテリトリーからは少し離れた、カウンターの向こうの席で彼女は静かに本を読んでいる。  僕は教科書を広げて勉強しているふりをして、彼女をそっと見つめた。すらっと背中まである黒髪を強調するような控えめな顔立ち――とはいっても、彼女の澄んだ瞳にはどこか吸い込まれるような不思議な力強さが宿っている。ブレザーの袖から見える白い指が本のページをめくるたびに、視線が左右に揺れる。その様子に僕は見入っていた。  我ながら、気持ち悪い。  ふいに彼女が顔を上げて、図書室を見渡した。目が合いそうになり、慌てて視線を下げる。  そして、また彼女の方を見る。  何度見つめても、その様は変わらないし、何か減るわけでも、増えるわけでもない。そんなことくらい、分かっている。人は一日では変わらないし、ふとした瞬間に運命だって変わることはない。  自分の胸に目を落とす。胸の中心からは毛糸のような赤い糸がゆるっと垂れ、どこかへと導かれるようになびいている。手を当てて、触れてみようとすると、手は糸を通り抜けて空を掴む。  気がつくと、彼女の視線が僕に向けられていることに気が付いた。細い唇をキュッと結び、ガラス玉のような澄んだ瞳を向けて僕をじっと見つめている。    胸がズキッと鈍い悲鳴をあげる。
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