甘噛み

2/13
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
 茶箪笥の引き出しから果物ナイフを取り出しました。鞘を抜いてどちらが刃か触れてみます。右目だけだった白内障はとうとう左目も侵し視界の中心には濁った丸い皿が張り付けられているようです。僅かに残る皿の縁が私の視界になりました。一人暮らしは寂しいからと娘夫婦が犬を連れて来たのはもう三か月前です。私が寂しいと言うのはこじ付けで孫が拾ってきた子犬を住宅事情で飼えないものだから私に押し付けたと言うのが本当のところです。 「犬がいれば不審者でも安心、それに愛子がお母さんのところに遊びに来る回数が増えるし一石二鳥ね、あなた」 「ああ、本当に良かった、でも愛子がお母さんちに入りびたりになりはしないかな。逆にそれが心配」  バカ息子にバカ嫁が笑っています。それから三か月、孫も犬に飽きたのでしょう。週に二度が二週間に一度、息子と一緒に犬の餌を持ってくるだけになりました。拾った時は掌に載るほどでしたが、こんなに大きくなるとは誰も想像していませんでした。雑種、雪のように真っ白な産毛、『シロ』と名付けました。シロは考えられない速さで成長しました。この先まだ成長するのであれば室内で飼うのは無理かもしれません。食も旺盛でバカ息子が持って来るドッグフードだけでは全然足りなくなりました。 「お母さん、少しセーブした方がいいよ。やり過ぎはシロのためにもよくない」  押し付けて置いて勝手なことを言っています。こんな大きくなって茶碗一杯の茶色い粒では到底足りるわけがない。成長盛りに食べさせなければ弱い子に育ってします。食べ盛りは果物も食べます。私が手に触れたものは安心して食べてくれる。りんごの皮をむいているとシロが私の腕を甘噛みしています。りんごの皮むきが待てないのでしょう。 「シロ、ばあちゃんの腕を食うつもりか。離しなさい、危ないでしょ」
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!