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『主文、平成二十七年一月七日午前――被害者から加えられた度重なる虐待に耐えかねていた被告は、意を決し被害者中山一郎をマフラーを用い殺害せしめた。――行為は責められるべきであるが、長期にわたる被害者からの肉体的精神的苦痛に支配されていた被告人の状況を鑑み、被告を懲役五年に処す』  裁判は結審し、松本聖子には懲役刑が下された。中山一郎殺害事件は再び衆目を集めることとなった。傍聴者を前に、判決文を読み上げる裁判長の声は感極まったのだろう、ときおり詰まり少し上擦っていた。若者が謳歌するべき青春の大切な時期を理不尽にも奪われ、苦みに耐えてきた聖子には、殺人罪で五年の温情判決が下されたのだった。  判決が下されると、聖子は表情を変えず裁判長に深くお辞儀した。聖子は控訴しなかった。  やがて私の自宅へと到着する。聖子は娘に手を引かれ玄関をくぐった。 「いらっしゃい聖子ちゃん。さぁ上がって」   私の妻が出迎えると、また深くお辞儀をした。  これから一緒に暮らすことになる四人の新しい家族は、テーブルに用意された手作り料理の数々を前に心躍らせている。しかし、なぜか聖子の前だけには料理が並べられていなかった。相変わらず表情を見せない聖子の前に、「おまたせっ」と、妻は手にした小さなホールケーキを置いた。  ケーキには『Happy BirthDay Dear SEIKO お誕生日おめでとう』と、カードが添えられている。それに気付いた聖子の顔は、途端に見たことのない驚愕の表情へと変わり、その整った顔をぐしゃぐしゃに破顔して、嗚咽を漏らしながら()()なく涙を流した。 〈了〉 
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