墓場まで持ってはいくけれど

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 俺が入院したことはすでに報道されていた。  最初、俺はそれさえも拒んだが事務所は「色々な人の手前、そういうわけにはいかない」というので渋々従った。だけど俺の余命があと三か月だということはまだ報道されていない。  俺はいわゆる有名人というやつである。職業、俳優。高校を卒業すると「こんな田舎にいても意味はない」と思い、すぐ東京に出た。田舎者から見た東京と言えばやはり渋谷で、渋谷をフラフラしているうち友達が出来、バンドなどをかじっているうちにモデルとしてスカウトされた。それがきっかけで芸能界へと足を踏み入れた。最初は訳もわからないまま周りの大人の言う通りにしていれば小遣いがもらえる程度に考えていたのに、事務所からドラマのオーディションを受けるよう言われるようになり、そこから俺の俳優人生は始まった。モデルの仕事とは全く違う世界。自分とは異なる人を演じる、ということが分かるまでに三、四年はかかっただろうか。それから俺はただ前だけを見てひた走ってきた。事務所が半ば無理やり売り込んでやっと端役をもらえる程度だった俺が、気が付けば選ばれる側、仕事のオファーが来るようになっていてスケジュールは二年先まで埋まっていた。  だけどそのスケジュールはおそらくもう、事務所が内内(うちうち)にキャンセルしていることだろう。俺の余命はあと三か月だと医師に宣告されたからだ。俺は電話でそのことを父に伝えた。母親は俺が小さい時に病気で亡くなっていて、俺の親は父親しかいない。俺の余命を聞いた父はしばらく沈黙の後、腹を括ったように低くて、でも優しい声色で話し始めた。
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