第十話

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第十話

 名城がぼくを連れてきたのは、感情の発露した先に幾度となく見た、変わり果てた地球――つまり、現実世界――だった。  荒廃とした景色が続く。  建物も生物も道らしき道もない。  ただただ、赤茶色の砂が何処までも果てしなく広がるだけだ。  空も暗い。  この世界の夜はきっと永遠に明けないのだなと分かるほどに。  ただ、名城の歩く所だけが、何故かライトが当たったようにぼんやりとしたまるい光を作っていて、辛うじて周りを見ることが出来ていた。 「一体、何をどうやったら、惑星ってこんなふうになるの・・・・・・」  ぼくは、屍すらない砂地をひたすらに進みながら、恨み節を零した。 「んー。惑星ぶつけたのよ。自分たちの住んでいた星の」  何故か軽々すいすいと先を行く名城が、のんびりと答える。 「いっ!? 惑星をぶつける・・・・・・?」  意味がわからない。  大分荒唐無稽な経験をしてきたけれど、群を抜いてわからない。 「ど、どうやって? てか、なんで?」  名城が指を顎にあてて上を向いた。 【その時の光景】を思い出しているのだろうか。 「戦争、になるのかな。地球人をまんまと追い出した星の生物たちの中で、地球に来れたのは、実は選ばれた者だけだったの。エスノセントリズムの話覚えてる? あれは紛れもなくそいつらのこと指してたの。  それにブチ切れた残されたやつらが何を思ったのか、自分たちの住んでいる星を地球に当てに来たの。  そりゃ、理屈としてはあるよ? 惑星ぶつけて地球壊すって。でも、実際やる? そんなことしたら自分たちも無事では済まないのにさ。  地球人ってやっぱり文明も知能も高かったんだろね。わたしから見たら莫迦なことばっかやってたけど。そいつらは、そんなどころの話じゃなかったわ」 「へぇ、ああ、そうなの」  規模が大きすぎる。  名城は「昨日こんなことあってさぁ」くらいのノリで話しているが、どう返事をすればいいかが分からない。 「えっと、じゃあということは、実際の地球はひとつの星に敗けたってこと? 3つの星じゃなくて?」  ぼくが長い間見ていた【夢】の中では、3つの星に敗けていた。  まぁそれは、地球を再生させるために必要なステップだった訳だと、ついさっき分かったけれど。  名城が前を向いたまま応える。 「そうだよー。まぁ元々腕っぷしの強い生物だったんだよね。けど、アタマが悪かった。  巻き込まれた方はほんとうにたまったもんじゃない! ばらばらになるし、燃えるし、そんなもんじゃないし、わたしも意識途切れるし。おまけに信仰者がいなければ、神も消えるから、奇跡も起きない。  わたしは文字どおり本物の【世界にひとりぼっち】になったよ」 「・・・・・・世界にひとりぼっち、か」  たくさんの人がいて、ものが溢れ、動植物も当たり前に存在していた非常に賑やかな世界から、急に何も無いどころか、破壊され尽くされ、見る影もない世界に成った地球(じぶん)を、名城はどんな思いで見つめていたのだろう。  それはきっと、ぼくが数えきれない程に見たあの悪夢でさえも、足元にも及ばない程のものだったに違いない。  ふいに、名城が足を止め、くるりとこちらを向いた。 「着きましたー!」  嬉しそうに、歌うような声で言う。  ぼくは辺りを見渡した。  以前として、寂寥の大地が広がっている。  ほかの場所との違いは、何ひとつとして見られない。  少しだけ【何かがある】と期待していたぼくは、ムッとして応えた。 「着いたって、どこにも何も無いじゃないか」  明らかな不満を口にしたぼくに、名城は一瞬目を丸くして、すぐに満面の笑みを浮かべた。  名城が移動する。  ぼくの隣に。 「・・・・・・」  ぼくは声を出せずにいた。  先程まで彼女が立っていた後ろに、小さな――だけれど花が、紛れもない一輪の花が――咲いていたのだ。 「花だ・・・・・・どうして?」  うわ言のように呟いたぼくに、名城が微笑む。 「キミの我慢の結晶だよ。地球の意志を呼び起こしただけじゃなくて、こんな可愛い花までもたらしてくれた」  ぼくはしゃがみこんで、その花をまじまじと見た。  白い小さな花だった。  花弁がハート型をしていて、柱頭も白い。例えるならば、真っ白な四つ葉のクローバーだった。  こんな花は、ぼくのいた世界では見たことが無い。 「この花は・・・・・・もしかして、この世界独自の?」  ぼくの疑問に名城がこくんと首を縦に振る。 「そう。この世界の最初の生命体。これからどんどん増えていくよ! 地球は復活するんだからね!」  彼女が一歩歩み出た。  その横顔がとてもきらきらしていて、天から射す光などないのに、彼女を照らしているかのようだった。  これが、地球。  母なる星の持つ輝きか。  ぼくは妙に納得して、口元を緩めた。 「ねえ、名前を付けてあげて」 「え?」  予想だにしない提案に、ぼくは素っ頓狂な声をあげた。 「ねぇ、お願いー」  名城がいつかの世界で見た上目遣いをしてくる。  ぼくはたじろぎ、頬をぽりと搔いた。  参ったなぁ。  うーーーーーん、と、じゃあ・・・・・・ 「ユートピア」  ぼくが呟いた名前に、名城は目尻を下げた。 「ユートピア。・・・・・・うん、いいね」  この世界の言語もきっと変わると思うが、思いついたのだから仕方ない。  ユートピア。理想郷。  または――有り得ない世界。  これから有り得ないことを起こしていかなくてはならないぼくらには、ピッタリだろう。 「ユートピア。きみの名前はユートピアだよ。すてきだね」  名城が花の隣に座り込んだ。  ぼくも彼女の傍らに腰を下ろす。  ぼくらはどちらからともなく、お互いの肩を預けて、荒野に咲いた一輪の希望をずっと見つめていた。 【了】
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