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第三話
「やぁ」
既視感がすごい。
「星決めた?」
松本は数時間前と同じことを言って、同じようにぼくの前に座る。
さっきと違うのは、今度はその手に自分のパンフレットを持っていることくらいだろうか。
「松本くんは決めたの?」
もうひとつ違うことがあった。
ぼくの隣の席に名城明日歌が座っていて、彼女がぼくらの会話にさもありなん、とばかりに加わってきたことだ。
そうだった。名城明日歌。
艶のある黒髪を耳にかけて、こちらを見つめる目は細められている。
そうすると、右頬にだけ笑窪が出来る。
彼女もまた、この教室内でぼくに声を掛けてくる稀有な存在だった。
最初は隣の席なので、仕方がなくかなと思っていたのだけれど、今のようにわざわざ自分からぼくらの会話に加わってくることも多々あるので、どうやらそうでもないみたいだ。
彼女はきっと、松本に気があるのだろう。
恋か。
何事にも興味が沸かないぼくには、無縁な話だ。
ぼくならうまくその場を回せなくなるところだが、そこは松本。
「おれは決めたよ。二つ目の星。もう担当神にも話した。
名城は? どこにすんの?」
言って、パンフレットの該当頁を名城に向けた。
ぼくらの会話には「次に住む星」だの「うちの地域の担当神」だの、荒唐無稽の四文字も裸足で逃げ出しそうな言葉が、当たり前のように飛び交っていた。
これがハルマゲドンか。
いや、ちょっと違うか。
名城は差し出されたパンフレットを手には取らずに、膝の上で両手を揃えた。
「うん。わたしね、地球に残ることにした」
そんなに大きな声ではなかった。
だけど名城のその発言は、星について話すことが日課になっている教室内では、異質な響きを持って瞬く間に波紋を起こした。
「え、名城さん、地球に残るの?!」
「ニュース見てる? 死んじゃうかもしれないよ」
「うわぁ。それはないわぁ」
わいのわいのと名城の机の周りには人だかりが出来て、名城は色んな人から説得され、否定され、拒絶されていく。
「死ぬかもしれない」は、少し過激な言い様だけれど、現に連日テレビやネットを騒がせている言葉だった。
「戦争に負けて、地球を宇宙人に明け渡すことになったということは、そこに地球人が残っても、良くて奴隷のようにこき使われる。最悪は殺されるしか考えられないですよ――だから、もし地球残留なんて考えている方がいるなら、ちょっとそれは考えなおしたほうがいいですねぇ」
ぼくなんかも毎朝、「まぁそりゃあそうだよなぁ」なんてトーストを齧りながら、やっぱりうつけながら、テレビを見ていた。
たぶん名城も、その言葉を飽きるほど浴びているに違いないのに、意志は固いようで。
「うん。でも、もう決めたことだから」
そう答え続ける名城の表情は穏やかで、迷いなど微塵もないように見えた。
「・・・・・・そっか。名城、地球に残るのか」
たぶん目の前にいるぼく以外には聞こえない声で、ぽつりと松本が漏らした。
その表情は、名城を囲む誰とも違う色を呈していて、他人に興味がないぼくにも、流石にその意味はわかった。
おそらく、松本もまた好きなのだ。
名城明日歌のことが。
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