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第四話
放課後ともなると、名城はもはや誰にも相手にされなくなっていた。
「あの子には何を言っても無駄だ」
という諦めとも嘲りとも呼べる空気が名城の周りには漂っていたが、当の本人はそれによって傷付いたり塞ぎ込んだりしている様子はなかった。
「ごめんね。わたしのせいで」
人も疎らになり出した頃、教科書を鞄に詰めていると、名城がぽつりとそう漏らした。
一瞬、誰に向けて言っているのか分からなかったが、教室内に残っていたのは、ぼくと名城とほんの数名だったので、すぐにぼくに向けてなのだと分かった。
しかし、何に対して「わたしのせいで」
と言っているのか、素直に分からない。
「なにが?」
「松本くん。あの後来なくなっちゃったでしょ。わたしが変な空気にしちゃったから」
申し訳なさそうに胸元で両手を合わせている。ぼくは肩を竦めた。
「ああ、なんだ。そんなこと」
確かに松本は、ぼくらの席に来ようとするのを他の生徒に牽制されていたが、別にぼくと松本とは、いつも一緒にいようと約束している訳でもない。それ以前に、友だちかどうかも怪しい。
「別にあいつとぼくとは友達って訳でもないし」
素直にそう言うと、名城は驚いたように目を丸くした。
「それ、松本くんの前で言っちゃだめだよ。絶対。彼、ショック受けるよ」
丸くなった目が尖りを帯びたのを見て、ああ、名城はぼくとは真逆だなぁとぼんやり思った。
「名城さんは、くるくる表情が変わるね」
それをあろうことか、口から発していた。殆ど無意識だった。
ぼくが自分から話題を振るなんて。
自分でも少し驚く。
名城はぼくの顔をじっと見ると、
「キミも、今驚いたって顔してるよ」
口元を緩めて目を細め、いたずらっぽい声でぼくにそう言った。
「・・・・・・じゃあ、ぼくはこれで」
教科書を詰め終えたぼくが立ち上がると、名城は座ったまま、ぼくの方は見ずに外を眺めていた。
その横顔が、鳶色に染まり行く教室の中で、妙な存在感を放っているように見えて、ぼくは思わず見蕩れる。
足を止めて名城を見ているぼくを、仮に松本が見つけたらどう思うだろうか。
離れろと思うだろうか。
嫌われてしまうだろうか。
ふとそんなことを思ったが、
「ねぇ」
名城が窓の外に目を向けたまま、後方のぼくに声を投げかけたので、意識が引き戻される。
「一緒に帰らない?」
先程ぼくを見た時よりもずっと奥を見透かすような眼差しに、ぼくは迷うことなく首を軽く引いていた。
駅前まで来ると、喧騒がすごい。笑いながら歩いている女子高生や、手を繋いで目に付いた店に入っていくカップルと思しき男女、友だち数人で歩いている賑やかな団体などが、前から後ろから来て、ぼくと名城も思わず波に呑まれそうになる。
これを見ていると、もうすぐ地球という住み慣れた星を出て、それぞれが新しい地で新しく暮らしていくだなんてことは、何かの冗談のようにしか思えない。
だけど、ビルの側面に設置された大型テレビに映るのは今日も、三つの星についての情報であり、先の宇宙大戦について敗戦を喫したという事実であり、地球に残るのは危険という喚起であった。
歩く人の中には心配そうに表情を曇らせて足を止める者もいる。
そのうちのひとりに目を止めて、ぼくは素直な感想を述べた。
「終末だなんて、思えないね」
ぼくの感想に対し、名城も「そうだね」とだけ短く答えた。
静かに寄り添う男女とすれ違った。
あちらから見るとぼくたちもそういう風に見えているのかもしれない。
少し前からぼくらも手を繋いで並んでいたからだ。
「ここにしよっか」
名城はその男女が出てきたファーストフード店を目顔で知らせると、微笑んだ。
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