第六話

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第六話

「えっと、誰かが、自分の一族だけを贔屓している・・・・・・ってこと?」  エスノセントリズム――自民族中心主義、自文化中心主義――は、政治的イデオロギーの一種で、多少の脚色覚悟で言えば、盛大なる依怙贔屓、とぼくは解釈している。  その根幹にあるのは「自分は特別だ」という思い上がった思想であって、他者を踏み躙ることに何の躊躇も示さない。  白人至上主義や選民思想と何ら変わらない思想と言えるだろう。  そんな言葉が名城の口から飛び出たことに、ぼくは瞬きをひとつする。 「そう。だけど、今回のこれは、人類間の問題じゃないんだよ」  名城が何故か得意げに、ちぎった残りのポテトをぼくに差し出した。 「わたしね、今回の人類皆引越しは、神様によるそれだと思ってるの」  矢鱈に饒舌な名城に、ぼくは挟む言葉が見つからず、とりあえずポテトを受け取り、口に入れる。  塩の味が濃くてしょっぱかった。  黙っているので驚いていると思われたのか、名城は唇に富士山を作り、顎を軽く上げてぼくを斜めに見ると、いわゆる「ドヤ顔」をする。 「神様がね、人類にもう呆れ果てちゃって。お前たちはアダムとイブの時代からなんら変わってないじゃないかって。もう付き合いきれなくなっちゃって、地球をほかの星の人たちに明け渡すことにしたんだよ」 「どうして?」  漸く挟めた言葉はどうしようもないもので。 「どうしてそう思うの?」  言い直しても、何ら変わらなかった。  名城は茶色い大きな瞳をより一層大きくすると、 「どうしてって、神様がもう人類の身勝手さにうんざりしてるからだよ。  だから宇宙戦争が起こりました。それで地球は負けました。だからもうここには住めませんとか何とか言って、地球人を追い出して、別の星の人たちと一緒にまた一からやり直そうとしてるの。  いわば、リセットよね。ゲームのやり直し」  リセット――。  ぞわりと背骨を走った怖気にも似たものに、ぼくは僅かに眉根を寄せる。  一体全体、何故名城明日歌は、こんなことを言い出しているのだろう。  その言い様に、何処か確信めいたもののある点が、気にかかる。  その出処を探ろうと口を開こうとするが、どれが正解なのか分からずに、半開きのまま固まる。  暫く逡巡していると、名城がじっとぼくの顔を覗き込んできた。  先程よりも更に近いその距離に思わず仰け反り、遂に隣のサラリーマンの肩口にぼくの肘が当たる。  サラリーマンがひと睨みきかせてきたので、ぼくは平謝りだ。  その様子が面白かったのか、名城は一転して表情を変えると、一際高い声をあげた。 「あはは。やった! 大せいこうっ!」 「え」  気の抜けた声が出て、ぼくはまたもや固まった。  意外すぎた名城の反応に、目が点になる。 「大成功、って?」  ぼくは辛うじてそうとだけ聞き返すと、名城はいたずらが成功した子どもみたいに眩しい笑顔で頬を赤らめて、 「うん。キミが驚いてくれたから!」  そうとだけ言い放ったので、ぼくの頭は混乱を極める。 「・・・・・・え? 」  その表情に、偽りは見られないように見えた。  だが、先程の言葉全てもこれまた嘘だとは思えなかった。  言葉に詰まるぼくとは対象的に、名城は至極満足気に喋り続ける。 「キミを驚かせて見たかったの。なんだかいつもつまんなさそうだから、キミのびっくりした顔が見たかったんだよ」  更に続けたその言葉にもまた、ぼくを欺こうとするような色は見られない。  無邪気そのものだ。  だから、全く読めない。 「・・・・・・そう」  耳が心臓になったような気がした。完全に動揺していたぼくは、自らを律するように震える手を握りしめる。  ここでもしぼくが、何か言葉を発すれば、ぼくはきっと名城を――。  そこまで考えて、生唾をひとつ呑み込んだ。 「ねぇ」  突然、名城がぼくの手を取った。  ちょうどここへ来る時と同じように。  はぐれないように。  お互いをひとりにしないように。  その温かなぬくもりに、蓋をし続けていた感情が、溢れてしまいそうになる。 「「もっとキミの色んな表情が見たいな」  ぼくが声を発するよりほんの僅かに先、名城明日歌はやわらかくて蕩けそうな笑顔を見せると、そう言った。  ぼくは確信した。  この手は必ず彼女を殺すことを。  そして再び、世界は停止することを。
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