第七話

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第七話

 ――――――小さな箱の中に入れられて、積み重なりあっているうさぎたち。  一点を見つめてじいっとしている。  決して動き出すことは、ない。  彼らはきっとここから外の世界があるなんてことは、知らないのだろう。  でも、その方がいいのかもしれない。  外の世界が――別の世界が、彼らに適しているかどうかなんて分からないのだから。  それならいっそ、箱から出ない方がしあわせなのかもしれない。  このまま。  永遠に――。 「ねぇねぇ、わたしこれがほしーなー」  隣に立つ明日歌が、ぼくの袖を指先でつまんで引っ張った。  うお。かわいい。  玉砕覚悟の告白で、まさかたまさか付き合うことになった自慢の彼女は、無邪気な笑顔で、うさぎのぬいぐるみを指さした。  ベタベタと貼られたポスターを見るに、どうやらこのうさぎ、人気アニメのマスコットキャラクターらしい。 「わたしこのキャラ超すきなのー。ねぇお願い。とってくださいッ」  明日歌が上目遣いでぼくを見上げてくる。  まぁまぁまぁまぁ、大きな茶色い瞳うるうるさせちゃって。  ん? あれ? 目、よく見たら、茶色いだけじゃないな。灰色だ。少し灰色がかってる。真ん中のほう。くぅ。なんて綺麗なんだ。 「どうしたの? わたしの顔覗き込んで。なんかついてるー?」  言いながら明日歌もぼくに顔を近づける。  ビロードのような光沢のある黒髪から、ふわっといい香りがした。  思わず鼻の穴が開く。  え。あ。これ、ザ・ボディショップのモリンガか!  ああ! 一香(ひとかおり)も逃したくない。  たとえ姉ちゃんと同じ匂いだとしても!  おお、神よありがとうございます。  もう今日世界終わっても後悔しない。  最高。最 & 高。神。鬼神。マジ生きててよかった。 「よーし。任せろ。一発でとってやるからな!」  ぼくはそう言うと、腕まくりをして、100円硬貨を2枚、投入した。 「クレーンゲームってさ、勇者になった気しない?」  クレーンゲームコーナーとコインゲームコーナーとの間に設けられた休憩ゾーンに座って、明日歌は少し興奮気味にそう言った。  その膝には、ぼくが先程とってあげたうさぎが鎮座ましましている。  おい耳長ピンク、ちょっとそこ代われ。  結局一発でとることは出来ず、お小遣いをほぼ全額注ぎ込んでゲット出来たそいつを、お姫様は大変気に入っているようだった。 「なんか、囚われた村人を助けてる感じするんだよねー。ね? ね? キミはどう? しない?」 明日歌はうさぎの手をとって、それをこちらに向けながら、そう言った。 インタビュアーうさぎ。 「うーん。そんなふうに考えたことなかったなぁ。明日歌は、あれだね。ロマンチックだね」 明日歌の目が見開かれた。 「ロマンチック・・・・・・ロマンチックかぁ。えへへ。なんだか照れるなぁ」 そのまま、頬をうっすらと赤らめると、その赤を隠そうと両手で覆う。 そんな仕草ひとつひとつが愛おしくて、かわいらしくて。 「明日歌ちゃん・・・・・・好きだよ」 識閾下でそう零していた。 明日歌が、両手で覆う範囲を広げ、遂には顔を伏せてしまう。 「ありがとう・・・・・・嬉しい・・・・・・けど」 顔を上げた明日歌の茶色いはずの瞳は、暗闇を貼り付けたみたいに黒く、どこまでも昏かった。 反対に口だけは、漆黒に細く架かる月のように鋭く長い。 「そろそろ、今回も終わりなの」 「え。何・・・・・・?」 明日歌のその言葉が合図であったかのように、刹那、耳の奥で何かが聴こえ出す。 ジジジと言うそれは、寿命の近い蝉の泣き声のようで。 切れかけの蛍光灯のようで。 電子機器から発せられる異音のようで。 やがて大きな畝りと成って、ぼくを、明日歌を、うさぎを、世界を、螺旋状に歪ませると、最後は音も立てずに呑み込んだ。 ――箱の中のうさぎ。 黙して語らず。否、語る術など持たず。 ああ、あれはぼくだ。 紛れもない、ぼくら。 この夢から覚める時、嫌と言うほど見た世界の終末を、ぼくはまた目にする。 純黒の中で明日歌が笑った。 そんな気がした。 大丈夫。ひとりじゃないよ。 そんな声が聴こえた気がして、 ぼくは目を閉じた。
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