第八話

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第八話

 クズレル。  コワレル。  オチル。  モエル。  キエル。  キエル。  to be continued・・・・・・ 「――――!」  瞼を開くと、目尻に溜まっていた涙が次から次へと零れ落ちた。  ぱた。ぱた。と、地に落ち、ぼくは奥歯を強く噛み合せる。口を開いた時には、自然と咆哮していた。  いいんだ。どうせまたやり直し。  一体何度繰り返せば、何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度・・・・・・ 「・・・・・・もういいかい?」  気づくと、傍らに名城が座っていた。  体育座りで頬杖をついている。  格好はぼくらが通っていた学校の制服のままで、指定である紺のプリーツスカートを履いている。 「!」  襞と襞との隙間から三角形の秘所が。  ・・・・・・いや、秘所と言うと一般的には更にその先を指すか。  こほん。言い直そう。秘所を覆う布が――つまり、パンツが! 丸見えだ!! 「く、く」  ぼくは唇を戦慄かせ、瞬きを繰り返した。  そうしてゆっくりと人差し指を伸ばして、件の箇所を指す。 「く?」  名城がポーズは変えずに首を捻り、眉根も怪訝そうに顰めた。 「くまちゃん!!」  瞬間、茶色いローファーのつま先がぼくの下腹部にめり込んだ。  その素早さときたら、まさに一陣の風。  ぼくは、かっはと声にならぬ声を漏らすと、地面に倒れ込んだ。  その直前に、視界の端でプリーツスカートが揺れるのがスローモーションで見えた。  ついでに殺意に満ち満ちた鋭い眼差しも。 「ふぅ。ったくもぅ」  名城がスカートの裾を手で払う。  はっとした。 「・・・・・・! じゃない! なんでここに名城さんがいるんだよ!」  ぼくは我に返って叫んだ。  おかしい。  今までぼくが感情を爆発させた後に見た世界に、こんな光景はひとつとしてなかった。  名城の唇がゆうるりと持ち上げられる。 「それは、わたしもこっち側だからだよ」  その笑みがあまりにも不敵で、ぼくの額には暑くもないのに一粒、汗が滲んでいた。 「・・・・・・それは、どうい・・・・・・! まさか、名城さん、キミがぼくを、こういうふうにしたの、か?」  名城の瞳が細められた。 「どっちかと言うと、逆――かな」  笑っているようにも、(わら)っているようにも見える。  額の汗がまた一粒増える。  名城が人差し指をぼくに向けた。  それは先程のぼくと同じ行為のはずなのに、纏う空気は正反対で、静謐さと荘厳さに満ちていた。  神の啓示――ふと、そんな言葉が浮かぶ。 「11歳の時、クラスのトップカーストである田村に虐められたキミは、ある日の放課後、田村がひとりの時に田村の首を絞めた。自分の心の中で暴れる【殺意】に抗えずに。その後どうなるかは知っていたのに」  一粒、一粒、増えていく。 「その後キミはいつものように本当の世界に戻り、後悔の末、涙枯れ果てるまで泣いて、再び田村を殺す直前に戻る。  そこからキミは今日に至るまで、一度として、自分の感情を発露させていない。  実に4年間の我慢だ」  静かに指はおろされた。  ぼくの全身からは汗が噴き出していた。  心做しか、体もふらつく。  まるでとうに寿命がきていた機械を無理やり動かしていたから、急に動かなくなるみたいに。  ぐっと足に力を込めた。 「名城明日歌。キミは、どこまで知ってるの? ぼくの孤独な旅路を、すべて知っているの?」 「知っているよ。ずっと見ていたから。この地球(ほし)で。この場所でずっと」 「ずっとって・・・・・・キミは、神様なの? 地球の神様・・・・・・。もういないはずの・・・・・・」  ぼくの質問に名城は首をゆっくりと横に振った。 「ううん。違うよ」 「じゃあ、どうしてそんなこと知ってるの? 」  ほんとうは、名城をとっ捕まえて、無理やりにでも聞き出したいくらいだった。  最後に残った理性が、皮肉にもぼくを押し留めている。 「まぁ、キミを作ったのは、ほかでもない神様だろうねぇ。わたしにはそんな真似出来ないもん」  ぼくの焦りとは裏腹に、名城はのんびりと答えた。 「でも、地球は・・・・・・神様は、もう・・・・・・」  ぼくの呟きに名城も首肯する。 「そうだね。地球は、あの宇宙大戦に敗けた後、他の星の生物に蹂躙され、人類はもとより、如何なる有機物も住めなくなった。  地球人ってやっぱり文明が高かったんだよね。わたしを使いこなすのは、余所者には難しいことだったわけで」  立て板に水で喋る名城に、一瞬聞き流すところだった。 「ん? わたし?」  ぼくの問いかけに名城が、ぽむと手を打つ。 「そういえば、まだ言ってなかったね。  改めまして、こんにちは。名城明日歌こと地球です」  そう言うと名城は、舞台女優みたいにお辞儀した。
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