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第九話
「え。地球・・・・・・」
名城の突然の告白に、ぼくは目を白黒させることしか出来ない。
「そう。地球。正確には、地球に残された――いや、蘇った意志のようなもの」
「意志・・・・・・」
「思い出して。
キミが4年前まで嫌という程見てきたあの荒廃した景色は、何の息吹も感じない世界は、確かに、かつて太陽系第三惑星と呼ばれた星そのものだったと思う。
だけど、あんな姿になっても、星そのものが消滅していた訳じゃない。きっかけさえあれば、わたしは再び地球として在ることが出来たの」
名城の顔は真剣そのものだ。
だからぼくは、こんな荒誕な話を聞かされても、異論を挟むことも出来なければ疑問を呈することも出来なかった。
まぁ、それ以前に、荒唐無稽には慣れ切ってしまっていたとも言えるかもしれない。
「やっと分かったの。
あの日、世界が終焉を迎えた日、残された神たちが決めたことの意味が。キミにかけられた呪いのようなものの正体が。やっと・・・・・・」
名城の唇が引き結ばれ、険しい表情になる。
ぼくも唇を真一文字にし、名城を見守った。
「まず、わたしが知っていることを話すね。
世界が終わるより少し前に、キミがこの世に生を受けた。キミは、予め定められた【この世界の寿命】を逆算した時に【とある計画】に最適なタイミングで生まれたため、とても悲しい運命を背負うことと成った。それが――」
「感情の発露により、世界が静止し、巻き戻るという特異体質」
名城の言葉の続きをぼくは受けた。
名城が無言で頷いたあと、唇を開く。
「そう。キミは、ほかの子たちと違って、感情の起伏は激しくなかった。赤ちゃんの時でも不気味なくらい泣かなったもんね。
だけれど、いざ感情が爆発すると、止められなかった。喜怒哀楽全ての感情が何故だか【殺意】に掏り替わり、対象の息の根を必ず止めた。
そうすると、キミはいつも不思議な夢を見た。
それは、誰もいない、何も無い、赤い風がひたすらに吹き荒ぶ、世界の光景。
キミは漠としたそこを永遠に歩かされて、咽び泣き、眠りにつき、再び目覚めた時には、何故か、対象を殺める前へと戻っていた」
名城がいったん言葉を切る。ぼくにはそれが少し迷っているように見えて、
「名城、大丈夫。続けて」
先を促した。
名城が目で応える。
「その後、何度も何度もほんとうに気が遠くなるほどそれを繰り返したキミは、ふと思う。
『もしかして、この何も無い世界こそが現実で、いつもいる世界は、夢なんじゃないか――と』
キミは途端にとてつもなく恐ろしくなって、次にあの世界を見ると、二度と帰って来れないんじゃないかと思い始めた。
そこからキミは、とにかく自分を殺した。誰かを殺して世界が壊れるくらいなら、自分を律して、平和な日々を守るほうが、余程マシだったから。
たとえそちらが偽りだとしても。
キミは、耐えた。虐められても、犬が死んでも、友だちが泣いていても、テストでいい成績を取っても。感情を表さないように。分からないように。
そうして辿り着いたのは、何も興味がないロボットのような自分」
ぼくと名城との間を風が通り過ぎていく。
ぼくは、名城の言わんとしていることがまだよく分からなくて、
「つまり、何が言いたいの?」
名城が肩を竦めた。小さく息も吐いている。
「キミは、耐えた。耐えたんだよ。ほんとうに。
だけどそれは、偽りの世界に凄まじい量のエネルギーを溜め込む行為でもあった。キミの喜怒哀楽は、地球を含めた四つの惑星に分かれ表層化したし、キミの願望を具現化するような生徒も生まれた。松本くんだね。彼はまさにキミの理想そのものだったから。
キミの大好きな世界は、皮肉にもその星々によって、再び終わろうとしていた。それはまさに、キミが感情の発露の先に見た世界そのもので、自分で無意識に同じことを繰り返そうとしていた。
だけど違うの。そうじゃなかった。今なら分かる。はっきりと。
最初からこうなるように、あの世界は終わるように、仕組まれていたんだよ」
仕組まれていた? 終わるように? 名城の言葉が俄には信じられなかった。
いや、信じたくなかった。気づけばぼくは、叫んでいた。
「あの世界が、終わるように・・・・・・? なんでだよ。どうして・・・・・・! ぼくは、ぼくはずっと我慢してきたのに・・・・・・守りたくて。壊れて欲しくなくて、ずっと・・・・・・ずっと!!!!!」
ぼくはその場にくず折れて、地面を拳で叩いた。
自分を殺して殺して殺し尽くしてでも守りたかった世界が、終わるように仕組まれていた――?
いや、それ以前に、ぼくは誰かの作った機械のようなもので、ぼくだけが悪夢を見せられ、怯え、震え、ひとり泣き明かし続けた夜を舐めなければならなかった理由を――ある程度予測は出来ていたものの――改めて突きつけられたことが、痛く苦しく悔しかった。
「・・・・・・きっと、たぶんね、あの世界は、地球が滅ぶ寸前に考えられた苦肉の策。あの世界の正しい終わりは、キミの感情の抑制の成れの果て。それこそが地球に莫大なエネルギーを与える行為。神たちはキミに地球の再生を託したんだよ。
避けられない滅びから、守るために」
もう、名城の言葉は耳に入らなかった。
爪を立て、砂を掴む。震えて声にならない声が漏れる。それは泣き声と呼ぶにはあまりにも醜く、怨嗟のようだと自分でも思った。
どれくらいそうしていただろう。
ふいに、ふわ、と後ろにあたたかいものを感じた。
頬を黒い髪が擽る。
名城が、黙って静かにぼくを後ろから抱き締めていた。
「・・・・・・落ち着いたかい?」
落ち着く訳が無いが、名城に当たっても仕方がない。
悔しいほどにすぐに感情の波を引かせることが出来た自分を呪いつつ、顔は伏せったままで、ぼくは小さく頷いた。
「あのね、キミに見せたいものがあるんだ」
立ち上がったぼくに、名城は後ろ手を組んで、柔らかな笑顔を浮かべた。
なんてこの場に似つかわしく無い眩しさだろう。
ぼくの頬を熱い一滴が滑り落ちた。もう感情のコントロールが効かない。
やや不貞腐れた顔で口を開いた。
「見せたいもの?」
名城がぼくの手をとった。
「うん。キミの我慢がちゃんと実を結んだ、その証拠だよ」
そう言い、見せた笑顔には、不覚にもドキリとしてしまった。
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