黒猫とマフラー

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「あ、あり?」  手を突っ込んだ僕は、指先が何かふわふわしたものに触れることに気づいて首をかしげた。あの金色の眼はどこか爛々としていて、もっと冷たいものかと思っていたのに。  ごそごそと手首を回していると、ついにそこから“やめてくれよ!”となんと人の声がした。僕は慌てて腕を引っこ抜く。するとなんと、マフラーの中から男の人の声が再度聞こえてくるではないか。 「こんなところに手をつっこんじゃ危ないぜ。親御さんに教わらなかったのか、ボウズ」  目を白黒させる僕の前で、“それ”はずるずるとマフラーの穴の中から這い出して来た。とにかく、黒い。真っ黒な、もふっとした毛玉のようなそれにはぴょこんとした耳が二つあり、カギ型に曲がったしっぽがあり、足が全部で四本ついていた。  そしてぱっちりと開かれる、僕がいつも見ていたのと同じ金色の眼。  それは誰がどう見ても――黒猫だった。それも、マフラーにみっちり詰まっていられるくらいの、小さな小さな黒猫である。何故か、サイズはこんなにも小さいのに、“子猫”という印象は受けなかったけれど。それはその黒猫の声が、子供というより大人の男性のような声質と口調であったからかもしれない。 「え、えっと……こんにちは?」  とりあえず、初めて会った人には挨拶をしなさい、と言われている。だからやや間抜けではあったが、とりあえずコンニチハを言うことにした。よくよく考えれば相手は人ではないのは明白であるし、もっと言うと毎日のように覗きに来ていたので初対面でもなかったのだが。 「おう、こんにちは。行儀がいい奴は好きだぜ」  黒猫は少し機嫌を良くしたのか、曲がったしっぽをピンと立てて言う。猫って、そういえばしゃべるものだっただろうか、と僕は思ったものだ。猫の幽霊であったとしても、人間の言葉で喋っているのは見たことも聞いたこともないのだけれど。 「えっと、猫さんは誰?なんでこんなところ入ってるの?手をつっこんだら、危ないところなんでしょ?」 「いい質問だ。ガキの割には頭がいい。答えは簡単、お前が手をつっこむのは危なくても、俺様がぬくぬくと詰まるのは危なくないからだ。なんといってもこの車は、俺の体の一部みたいなものだからな」 「猫さんは、車なの?」 「うーん、説明が難しい。ガキに分かるように言うにはどうしたらいいんかねえ」  要約するとだ。この黒猫は、昔おじいちゃんの家で飼われていた黒猫であったらしい。そして、その頃からあったこの車が大好きで、よくあったかい熱が残っているこのマフラーに手や頭を突っ込んではおじいちゃんに叱られていたのだそうだ。それを、“あそこにいたずらすると遊んでもらえる”と判断して、当時は面白がって繰り返していたらしいのだけれど。  猫として死んだ後――これが本人(本猫?)にもよくわからないらしいのだが。気づいたら、この車の付喪神と一体化した形になっていた、らしい。大事に大事に使われていたこの車には、数十年の間に車自身に魂が宿っていたらしいのだ。以来、死んでからずっと、黒猫はこの車に取り憑いて、時折こうやってマフラーに入り込んではぬくぬくと過ごしているとのことだった。幽霊や妖怪のような身であるため、車を起動させて排気ガスに晒されても全く問題がないし、それこそ動いているエンジンルームに入っても全く心配がないのだという。
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