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「この度は、うちの息子がご迷惑をおかけして……本当に申し訳ない!!」
店に入るなり、舞はいきなり深々と頭を下げた。その角度たるや最敬礼を通り越し、額が膝にくっ付きそうなほど……180度に達しようとしていた。
舞との付き合いは長いが、ここまでの謝罪をされたのはかつて1度だけだった。
「いやだわ、舞さん。頭を上げて下さいな。舞さんにそんなことされたら、私どうしたらいいか……」
「とんでもない! 普段から頻繁にお世話になっているというのに、あろうことかうちの息子と来たら……優子さんの大事な大事な娘さんに……殴る蹴るの暴行をするなんて……!」
舞は、先日の景由家での大立ち回りのことを人づてに聞き、驚愕したらしい。勿論、聞き及んでいるのは天狗たちの神通力の絡んでいない経緯のみだが。
なので彼女が知っているのは、藍と光貴が久々に素手の殴り合いをしたということだけだった。だからこそ、戦々恐々としたのである。
年頃の女の子、しかも優子と松孝の娘に乱暴を働いたと訊いたのだから。
「う~ん、うちの藍も大分殴って蹴ってしてたみたいだからお相子だと思うわ?」
「そんな……男の光貴と女の子の藍ちゃんがお相子なわけないじゃない! ああ、なんてこと……」
むしろお相子どころか、藍の方が強かったと容易に想像できるが……信じなさそうだと優子は思った。
「舞さん、今日はそれで謝りに来てくれたの?」
「もちろん! お詫びの品も、この通り……足りないかもしれませんけど……!」
舞が差し出したのは、細長い優美な柄の包みだった。箱から取り出したのは、吟醸酒の瓶。フルーティでなめらかな口当たりが評判の銘柄だった。
「優子さん、純米大吟醸よりこういったお酒の方が好きでしょう?」
「ええ、美味しいわよね。ありがとう、舞さん」
優子はお礼を言うと、カウンターの中に入り、徳利と酒器を取り出した。
「ぬる燗かしら? 舞さんも飲むでしょう?」
「……いいの?」
「一緒に飲んでくれないなら、さっきの事、許してあげない!」
つんと唇を尖らせるように言うと、舞が苦笑いした。
「わかった、頂きます。実はそれ、私も飲みたかった味なの」
「ええ、知ってるわ」
互いにくすくすと笑い合うと、もう謝罪の空気はどこかに掻き消えた。
舞はカウンター席に座り、優子はカウンターで徳利を酒燗器につけ、傍にあったぶり大根の鍋を温め直した。
徳利の底に手を当ててみると、やや熱い。良い頃合いのようだ。
優子は徳利の底を手ぬぐいでふき取り、器とともにカウンターに置いた。その横にはほくほくと湯気をのぼらせるぶり大根を置き、舞と自分の器それぞれに温めた酒を注いだ。
ほんのり温かい器の手触りと、うっすらのぼる湯気が二人の合図となった。
「じゃあ今日も、お互いにお疲れ様」
「ええ、お疲れ様」
二人そろって、軽く器を持ち上げ乾杯、そしてくいっと傾ける。
二人だけの、月数度のとっておきの晩酌の時間が始まった。それは、しっとりと、ゆっくりと、静かに過ぎていく。だが――
「それであの人、何て言ったと思う? もう信じられない!」
「まあまあ、いつもの事よね」
それは、舞が酔ってヒートアップするまでだけの、短い時間なのである。
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