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「もう~あの人何なの? 嫌味言わないと死ぬの? 今日もちょっと顔を合わせたら、『子供が自由奔放なのはいいけれど、羽目を外さないかきちんと見ておくことも重要ですよ。難しいでしょうけれど』だって!」
「あらぁ……」
景由舞……旧姓・三門舞と山南優子は、もう10年以上になる付き合いだ。
きっかけは、景由松孝の葬儀だった。
あの席で、親戚中から罵倒を浴びせかけられていた優子と藍を、嫁の立場である舞は庇う事が出来なかった。
だが舞に代わり、息子の光貴が精一杯謝罪した。自分にできることを最大限やって幼い誠意を見せた光貴は、優子たちに蔑まれるどころか、温かく受け入れられた。
実の母親である自分すら、どこか忌避している息子が懐いたということで、舞ははじめ、優子にどこか嫉妬していた。
その気持ちを押し隠して、ある日、この小料理屋ゆうへとやってきた。息子が頻繁に世話になっていることの礼を表立った理由として。そして礼を述べて、山南家にはもう行かせないときっぱり宣言するつもりだったのだ。
どれほど恨まれても、憎まれても、罵られても、構わないと思っていた。だが優子は言った。
――そうね。あなたというお母さんがいるのだもの。私を母親代わりだなんて思わせてはいけないわね。
誰もが、仕事一辺倒で家庭を顧みない舞を母親失格と罵っていた。息子ですら、最近は他人を見るような視線を向けてくる。そんな中、優子だけがはっきりと舞を光貴の母親だと言った。ただ”産んだ”存在なのではなく、光貴の母なのだと、そう言ってくれた。
その瞬間、舞は松孝の葬儀でも見せなかった涙がぽろぽろと溢れてくるのを感じた。
それからだ。優子と舞が、人知れずお喋りを楽しむ間柄になったのは。
話題はもっぱら――
「あのくそババア……! ひん曲がった口、千切ってやりたい! そんで名前の通り月に強制送還してやりたい!」
「あら、縫い付ける方がいいんじゃない? そうすれば開くこともないでしょうし」
「ナイスアイデア、さすが優子さん!」
共通の敵が存在する時、人は団結するのである。
息子の愛人を憎悪の対象としていたのと同様、息子の嫁にも厳しかった月子は、当然、この舞とも折り合いが悪かった。
彼女がただの性格がねじ曲がった老人というだけではなく、自分にも他人にも厳しく、親切にすることに関しては驚くほど不器用な人間なのだということは、両者とも理解はしている。
だがそれでも、口から飛び出す言葉の一つ一つが癪に障ることは間違いないのだ。
その点において激しく意見が一致する二人は、月に数度、こうして盛大なガス抜きをしているというわけだ。
無論、それ以外の点でも気が合うのだが、今はもっぱら月子の悪口が一番盛り上がる。
それと、もう一つ。次に話題に上ることが多いのは……
「光貴はさ、どうしてる?」
舞もまた、息子のことになると途端に不器用になってしまう、厄介な側面があったのだ。
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