326人が本棚に入れています
本棚に追加
「おかしな人ね。息子のことを私に訊くなんて」
「優子さんだから訊いてるの。私は……母親だなんて思われてないから」
優子は、舞が光貴との関係をうまく構築できない経緯もある程度理解していた。舞からも光貴からも話を聞き、間に立っているというのが現状だ。
最も大きな原因は、彼の出生に関する秘密だった。光貴は松孝の子ではない。松孝との結婚の話が浮上するずっと前から相思相愛だった男性……現在は秘書に当たる男性との間の子だった。
当然、舞はその秘密を墓場まで持って行くつもりであったが、あろうことか光貴に二人の関係が知られてしまった。それも最悪の形で。問い詰められた舞は、下手に月子にまで追及の手が及ばないように、その場で真相を打ち明けてしまった。
それが、今でも二人の間に深く広い溝を作ることになってしまった。
「確かに松孝さんの子ではないけれど、舞さんの血は確実に引いてるんだけどねぇ」
「どこがよ? 顔も似ていないし、私はあんなにヘラヘラ笑ってないし、八方美人でもないわよ」
「お腹を痛めた記憶がちゃんとあるでしょう? うちの藍だって、あんなに猪突猛進で武骨な子になると思ってなかったわ。私とも松孝さんとも似てやしない」
「格好いいと思うけどね……でも、確かに誰に似たのかしらね?」
その先の言葉は、優子は飲み込んだ。治朗の存在を話題に出すと、色々と面倒そうだと思った。実際に治朗が藍の父親だと疑われたり、優子の恋人だと思われたりしていたのだ。
優子たちの素行について見張っていた月子と違い、舞はそれほど優子たちの生活に介入しようとはしなかった。
「まぁ、藍はともかく……光ちゃんは確かに舞さんの子だと思うわ。度々、そう思うわよ」
「本当に? 例えばどこが?」
「色々よ。口元とか特に。ちょっと拗ねた風に話すときの唇なんて瓜二つよ」
「やめてよ。それ、私の一番可愛くないところじゃないの。むしろ受け継がせたくなかったわ」
「あとはねぇ……構ってほしいけど構ってって素直に言えないところとか。普段口数は多いのに、うちの前に来ると急にもじもじしちゃうところとか」
「……ぐうの音も出ない……」
返す言葉を失くした舞は、思い切って大根をまるまる一つ、口の中に放り込んだ。頬がリスのように膨らんでいる。普段きりっとしている彼女のこんな顔を知るのは、おそらく優子以外にはいないだろう。
大根を飲み込むと、舞は手酌で酒を煽った。
「私、どこで間違えたのかなぁ……あの子に全部話しちゃった時? それとも参観日に行けなかった時? あの葬儀の日? それとも……松孝さんとあんな取り決めをした時から?」
「舞さん……」
「いや、きっと全部ね。間違いだらけだったんだわ、私の人生」
そう、唇を尖らせて、また酒を煽った。そういう顔が、光貴と本当に似ているのだが、今の舞には届かないだろうと思った。
最初のコメントを投稿しよう!