お屋敷

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お屋敷

 気まずい雰囲気の中、机をはさんで伍長と対面しながらしばらく待っていると、先ほどの兵士が帰ってきたよ。 「そいつ、いえ、その『お嬢さん』を連れてこい、いえ、来てもらえとの事です」  そう言われて私は兜をかぶりなおしてから立ち上がると出口に向かう。伍長も後ろについてきたので、兵士と伍長の間に挟まれた格好。丁寧な口調にはなったけど警戒されているような感じ。  通りまで出ると大きな馬車が止まっていたよ。迎えに来たらしい男の人に言われて一緒に馬車に乗り込むと何処かに向かって走り出した。 「あの」 「何ですか?」 「何処に行くの?」 「ドレ様のお屋敷です」 「ドレ様って?」 「公爵家の家宰をされてます」 「仕事があるって聞いたけど」 「ドレ様がお話になると思います」 「あの、私の銃が詰所に置きっぱなしなんだけど」 「もし必要だったら後で取りに行かせますから」  しばらくすると馬車が止まったよ。降りてみると大きな白いお屋敷の前だった。あんな大きな建物は初めて。迎えの人に急かされて中に入ると階段を上って二階へ。廊下の一番奥の大きな扉の前には警備の人が二人立ってた。 「パウユさんです。連絡のあった娘を連れて来たようです」  警備の一人が大声で告げると中から返事が聞こえた。 「入ってもらえ」 入れって言うから入ろうとしたのに警備の人に止められた。 「武器を渡して下さい」  ちょっと躊躇したけど、腰に下げてた剣を渡した。  広い部屋の中には、豪華な服を着た背の高いやせた男の人が大きな机の前に立っていた。これが『ドレ様』。  私を見た瞬間ドレ様が目を見開いたのを、私は見逃さなかった。どうも私の容姿に何かあるらしい。  パウユさんはドレ様のところに行くと何かを渡した。 「名前はアン。許可なく完全武装でモンスに侵入しようとしたため阻止して詰所まで連行。本人の主張では傭兵の養父が戦死したため、傭兵として働くために来たとの事。募集地がモンスでない事は知らなかった模様とあるが、これは本当ですか?」 「そうだよ」 「傭兵の募集の事をあまり知らなかったみたいですが、初めてですか?」 「そう」 「何故女だてらに傭兵なんかになろうと?」 「私を育てた義父(おやじ)さんが傭兵だったし、他に出来る事を思いつかなかったから」 「何の経験もなしに傭兵として働けると思ったのですか?」 「義父さんに色々教えてもらってたから。例えばこんな事とか」  そう言うと服の袖に隠し持っていた投擲用ナイフを引き抜いてドレ様の後ろのテーブルにあった花瓶の花に向けて投げた。ナイフは花の直ぐ下の茎を切り、そのまま後ろの棚に突き刺さった。  ドレ様は一瞬動揺したが手で回りの人間を制した。 「折角ですが、あなたに頼みたいのはそういう荒事ではないんです」 「そうなんだ」  戦闘能力を疑われたと思ったからやってみたけど、どうも失敗したらしい。 「頼みたい仕事には違った種類の訓練が必要です。訓練の間は週払いで週2グルデン。衣食も別に用意します。2週間ほど訓練して様子を見ます」  傭兵は普通月払いで4グルデンだから2倍だね。 「分かった」 「そうと決まればさっそく準備をしてもらいます。アメリを呼んでくれ」  ドレ様にそう言われてパウユさんは出て行った。  部屋の扉が再び開くとパウユさんの後ろに女性がついて来てた。 「アメリ、お嬢様を淑女らしい恰好にしてやってくれ」 「はい、承知いたしました」 「あの」 「何か?」 「淑女らしい恰好ってドレスとか?」 「ドレスを着たことは?」 「ないよ」 「アメリなら大丈夫です。きちっと淑女に見えるようにしてくれます。彼女に任せて下さい」 「そうじゃなくて、私にドレスを着せて何をさせようとしてるの?」 「詳しい事は訓練が終わってから。大して難しいことではないです。ではアメリ、頼んだぞ」 「お任せください」  それからアメリさんの後をついて行くと、途中で更に女性の召使が2人合流して向かった先は浴室!服を剥ぎ取るように脱がされた。その途中でアメリさんが私がしていたペンダントに気付いた。 「これは、お嬢様のものですか?」 「お母さんの形見」 「まあ」  アメリさんは手を口に添えてそう言った。お上品なんだ。それにしても胴着の下にペンダントをしてるのはそんなに変かな?  その後私は真っ裸に剥かれてすごく大きな陶器のバスタブに放り込まれてごしごしと洗われたよ。編んでヘルメットに押し込んでた髪もまっすぐにして頭からお湯をかけられた。  お湯から出ると真っ白なタオルを何枚も使って水けを拭き取られた。私はあっけに取られてなすがままになっちゃったよ。  淑女ってどうしてあんなにお腹を締め付けるんだろ?確かにこれは修行だよ。お手当もっと増やしてもらうんだった。  着替えが終わって大きな鏡に映った自分の姿を見た。これ誰?  ガサガサでいつも邪魔にならないように適当に巻き上げてた髪の毛は丁寧に結われて、汚れを落として化粧をされた肌は白く、すっと通った鼻筋に緑の瞳。豪華なドレスにはちょっと胸が足りない気がするけど、採寸してたからそのうち身体にきちっと合った衣装を用意してくれるかも。用意してくれると良いな。  綺麗な服にペンダントが妙に合っていた。  部屋に戻ると机に座って書き物をしていたドレ様は少し驚いた顔をした。 「これは。お綺麗ですよ」 「それで次は何?」 「部屋を準備したのでアメリに案内させます。訓練は明日から。この屋敷にいる間は、アメリが付きますから何かあったら彼女に言ってください」 「それと2つの事を守ってください。自室以外の場所ではこの仮面をつける事。そして私以外の人間に生い立ちやあなた自身に関わる事を話さない事。これは仕事に必要な事です」  つけられた仮面は鼻から上を覆うものだった。 「明日からの訓練に備えて今日はゆっくり休んで下さい。アメリ、部屋までお連れしろ」  私に与えられた部屋は寝室と居間が一続きになってた。  苦労して着たドレスを寝間着に着替えてフカフカのベッドで寝たよ。退出するアメリさんが部屋に鍵をかけたのを聞き逃さなかった。窓はあるけど、地面までは遠くてとても安全に下りられそうにない。つまり閉じ込められたっていうわけ。  仮面をつけろっていう位だから、私の事を関係ない人に知られたくないんでしょうね。何をさせたいんだろ。  今日起きた事を思い出してみた。  街の入り口で止められたのは武装してたからだけど、伍長さんは私の顔を見て驚いてた。ドレ『様』も驚いてたよね。  えーと、ヘルメットを取ったら伍長さんは机の上の紙と私の顔とを何度も見比べてそれから伝令を出した。つまり紙に書かれた絵と私の顔が似ていたから驚いて連絡したんだよね。  机の上にあった紙が私の事を書いた手配書だったら、牢屋に入れられるはず。ドアには鍵が掛かってるけど、ここは牢屋じゃない。つまり、紙に書かれていたのは誰か他の人の顔で、私はその人に似てる。  ドレ『様』は自分の屋敷の中なのに私に仮面をつけてろと言う。つまり屋敷に出入りする人間にも誰かに似た私の顔を見せたくないんだ。  『替え玉』と言う言葉が頭に浮かんだ。
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