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門にて
流行り病で亡くなった義父さんを埋葬したあの日、家に帰ると義母さんは義弟妹を外に待たせて、私だけを呼んだ。
「うちの畑は狭いし、あの人の稼ぎがなきゃ、私一人じゃもう3人も養えない。あんたはもう15歳だ。そろそろ自分でやっていく齢じゃないのかね?」
「出ていけって事?」
「私もね、こんな事は言いたくないんだよ。でもあんたを拾ってきたセザールはもういないんだよ」
義母さんは義父さんが拾ってきた私を引き取るのは反対だったんだ。そんな事はとっくの昔に知ってた。義妹と義弟だけを大事にして、いつも厄介者を見る目で私を見てたから。
「実は村長さんから下働きが欲しいって聞いてるんだよ」
「下働きって何をするの?家事も畑仕事もやった事ないけど」
義母さんは何も教えてくれなかった。それで私は女の仕事が全然出来なかった。
「私もあんたにはそう言う事は出来ないって言ったんだけど、どうも息子さんがあんたが良いって言ってるらしいんだよ」
あいつ。この前ちょっかい出してきたからぶん殴ってやった。それで下働きにして、私をいびり倒すつもりなんだろう。
「義母さん。義父さんの武具はもういらないよね。形見にもらって良い?」
「あんなもの私らは使えないけど、どうしようって言うんだい?」
傭兵だった義父さん。護身術だと言って傭兵としての戦闘術を教えてくれた。
「アンジュ公が傭兵を募集していると聞いたから」
それで私は思ったの。義父さんの後を継いで傭兵になろうって。
三日かかって、ようやく公の居城があるモンスの城門までたどり着いた私にいきなり事件が待っていた。
「おいお前、ちょっと待て」
そう言われて振り返るとモンスの入口の門の番人らしい、同じ鎧姿の兵士が二人近寄ってくる。
「お前、そんな恰好で市内に入れるとでも思ってるのか?」
そう言われてそんなにおかしな恰好をしてるのかと考えてみた。
薄茶色の胴着とズボンを着て、その上に黒っぽく変色した胸当て。
大きなつばのついた帽子のような兜は少し大きすぎる。腰にはショートソード。
服がボロなのと左肩にかけてるのが長槍じゃなくマスケットなのを除けば、義父さんが仕事に行く時はいつもこんな格好をしていたはずだ。そりゃ私はまだ実際に傭兵として仕事をした事は無いけど。
「おい、何か言ったらどうなんだ?」
「私の恰好そんなにおかしい?」
「なんだ??女か??女のくせに何でそんな恰好してるんだ?」
「そんな格好した奴を街に入れるわけにはいかないな。詰所まで来てもらう」
そう言うと兵士の一人が私の持っていた銃を掴んだの。私は害意がない事を示すために素直に銃を渡し、兵士の後について行ったよ。もう一人の兵士はその場に残り門の監視を続けるよう。
門から少し離れた所に小さな詰所はあった。中に入ると飲み物が入ったコップを持った休憩中とおぼしき兵士が二人と、デスクで何か書き物をしている兵士達の長と思しき男が一人いる。
「伍長、怪しい奴を連れてきました。女です」
「おい、この恰好で女か?」
何度も何度も恰好の事を言われて私の乙女心は少し傷ついたよ。
そりゃ服はぼろだし胸当ても兜も義父さんのお古。身長が低いからショートソードも妙に長い。15歳の乙女にこんな格好は似合わないなんて事は私も充分判ってる。
でも仕方ないじゃない、傭兵しか出来そうな仕事がないんだから。義父さんがいなくなって自分の食い扶持は自分で稼がなきゃならなくなったんだから。
若い女でありさえすれば出来る仕事がもう一つある事は知ってるけど、そちらは遠慮したい。
「女だったら悪い?」
「おい、こんな重武装で街に来てどういうつもりなんだ?」
こんな格好って武装してるって事?私はまたてっきり都会には古臭い恰好をした田舎者は入れないって事なのかと思ったよ。
「少し尋問させてもらう。その椅子にすわれ。名前は?」
「アン」
「まず聞こう。武装して街に侵入しようとした理由はなんだ?」
「仕事を探しに来た。傭兵の募集をしてると聞いたので」
「何で娘っ子が傭兵になろうとするんだ?」
「一人で食っていけって言われて、それしか出来そうになかったから。義父さんが傭兵だったし、少し教えてくれてたから。義母さんは何も教えてなかった」
「傭兵稼業で一人で食ってけって……。お前の親父さんはどうなってるんだ?」
「死んだよ。それで義母さんだけじゃ実子しか養えないからお前は自分で食っていけって言われた」
「実子だけって……拾われた孤児か。成り行きは分かったが、傭兵の募集なら近くの軍の集積地でやってる。モンスの街中で傭兵の募集なんかするか」
「分かった。もう行って良い?」
「いや、待て。手配書に載ってないかどうか確認する。まず顔がはっきり見えるようにヘルメットを取れ」
仕方がないのでヘルメットを取ると、伍長はびっくりしたような顔をして机の上に置いてあった手配書の束らしき物をめくり始めた。
モンスに来たのは今回が初めて。郷里でも手配されるような大層なことはやってないはず。村長の息子の件で手配されたとか?まさか、そんな馬鹿な。この前村長の息子のあのバカがちょっかい掛けてきたからぶん殴ったけど、そんなことで
伍長の目は束の中の一枚を取り出すと描かれた絵と私の顔を何度も往復した。何か不味い事が起きた様子。伍長が立ち上がるのにつられて私も立ち上がろうとすると、いつの間にか後ろに立っていた兵士に肩を押さえつけられた。
「違う。そうじゃない。その『お嬢さん』に乱暴はするな」
伍長の声に兵士はあわてて手を離した。
伍長は休憩していた兵士の一人を手招きすると、何かを手渡した。
「本部に行って伝えろ。候補者が見つかりましたとな」
そう言われた兵士は詰所から外に走りだす。
「『お嬢さん』、少し待ってもらえますか?」
「何故?」
「偉い人が出した求人にあなたが該当するようなのですよ。仕事が欲しいのでしょう?」
伍長はそう言うと私の顔から下の方へと目を落としたので、ちょっと嫌な感じがした。言葉は少し丁寧になったけれど、視線はむしろ下品になった気がする。
私は彼の顔から目をそらして、一体どんな仕事だろうと想像してみたが、何も思いつかなかった。
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