メリーグレイス、あるいはケモノの耳をもつ戦乙女

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 プリクラのシートが、ガスコンロの炎にあぶられる。  は、着火できたシートを、次々にシンクへ放り投げる作業を繰り返していた。  そして、“これからヨロシク”“ずっと大事にしてね”と書かれた最後のプリクラが、彼の手元に残された。 「普通、ないだろ……『同居七年目の彼氏がいて、一週間前に婚約したばかりなの』って」  生白い顔の信一は、シートを握りつぶしてから火をつけた。ソレらが燃え尽きる所を見届けると、生活感のない冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取りキッチンを後にする。  その途中、信一はリビングにに飾られた写真たてに気が付いた。 「……大丈夫。大丈夫だよ。寂しくなんてないよ。元気……とは言えないけどさ」  信一は写真たてを伏せると、指先についた埃をジャージの裾になすりつける。  夕日に照らされながら重い足取りで自室へ戻ると、スマホのアラームが鳴っていた。 「そっか、もうバイトに行く時間だったっけ……」  のそりとベットに横たわり、タップしてアラームを解除する。そのままホーム画面を表示すると、大量の新着メールや留守録の通知が表示されていた。  通知に表示されたの名を見た瞬間、信一は枕に顔を突っ伏した。そして、彼は画面を一切見ることなく、ゲームアプリを起動する。  枕から顔を上げた信一は、キャラクター所持リストから“聖域の番猫・メリーグレイス”を選択。表示されたポリゴンを見るなり、鼻の舌を伸ばしつつ胸いっぱいのため息をつく。 「ながかったなぁ。まさか三年もかかるなんて思ってもみなかったけど。バイトは……今日もいいや。アイツと会いたくないし、店も暇だろうし……」  メリーグレイスに、ログインボーナスで手に入れた強化素材を合成すると、ファンファーレの音が強化成功を知らせた。キャラクターのレベルが最大になり、ゲーム内のメリーグレイスが謝辞を述べるテンプレ音声を発する。  信一は、酷く落胆していた。 「そう、だよな……わかってたさ。あんな下らない『都市伝説』を誰が最初に言い出したか知らないけれど、それを律儀に実行する僕も大概だよな」  ため息をついた信一は、一息つくために麦茶を飲もうとした。だが不安定な体勢だった為、その殆どをスマホにこぼしてしまう。画面は一瞬にして暗転した。慌てた信一が、ベットにできた麦茶だまりからスマホを取り上げようと、咄嗟に手を伸ばした時だった。  スマホの『中』から、のが突きだした。  驚きの声をあげた信一が、床に落ちて尻餅をつくよりも早く、『中』から現れた彼女によってスマホは真っ二つにされてしまう。  信一は、目の前にフワリと降り立つ奇跡を見上げて、息をのむ。   細やかなウェーブのかかった、腰まで届く栗色の髪。特徴的な毛がはえたと、フッサフサの長尻尾は、髪と同じ栗色の体毛に包まれていた。  たわわな乳房を、これでもかと強調するタイトな服装。木の葉模様の双剣は、ゲーム内のエフェクトどおり仄かな光を放ち続けていて、真っ暗だった信一の部屋を照らし上げた。 「はじめまして。私は、“聖域の番猫・メリーグレイス”。よろし、く、お願いし……ま……」  画面越しで聞き続けた凛とした声は、徐々に力をなくしてゆく。  うろたえる信一をよそに、メリーグレイスは苦しげな表情を浮かべて、床にしゃがみこんでしまった。 「お……おい、しっかりするんだ! ああ、もう! 一体どうしたっていうんだよっ」  信一は、少し冷静になる為に深呼吸を繰り返すと、ソレに直感的に気が付いた。 「まさか……呼吸をしていない? いや、呼吸の仕方が解らないとでもいうのか⁉」  身振りや手ぶり、更には自分の胸・腹・背中を触らせながら、信一はメリーグレイスに呼吸の仕方を教え込む。ようやく会話が出来るようになった頃。  来客を知らせるインターホンの音が響いた。
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