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程なくして、マンションの現場付近には警察官と野次馬でごった返す事になっていた。
メリーグレイスは自力で立っている事もままならない様子で、信一の背中にもたれかかるようにして抱き付いていた。時折、彼女の腹が盛大な空腹音を立てており、周囲の警察官は笑いをこらえるのに必死になっている。
「エダ……この『ゲンバケンショウ』というのは、いつまで続くのですか」
「わからないな……それより、ちゃんと覚えてるか? メリーは何もしてないんだぞ」
信一は、声を押し殺してメリーグレイスに注意をしていた。
「言ってる事は何となく理解できましたが、わざわざ嘘をつく理由が解りません。この世界では、なぜ敵を倒すことが悪なのですか?」
「どこから説明すればいいんだ? とりあえず、後で説明してあげるから……」
現場を指揮していた中年警察官が、愛想笑いを浮かべて歩み寄ってきた。
「江田信一さん。この度は、私たちの身内が申し訳ない……ですが、私たちも驚いているのですよ。この間、婚約したばかりの男がこんな事をしでかすなんてね」
「こ、婚約者がいたのですか?」
「ええ、若いのに気立ての利く良い子でね。たまに職場にも顔を出していたり……名前は確か、福原祐美さんっていったかな」
驚いた信一は、広げられたブルーシートを見てしまう。
「君たちは、これから一緒に警察署で事情聴取を受けてもらう。そちらの彼女には申し訳ないが……君たちは参考人だ。これも仕事でね、悪く思わないでくれよ?」
うなだれたメリーグレイスは、口の代わりに腹の音で返事をする。
堪え切れなくなった検視官の一人が吹き出したのを皮切りに、笑いの渦がマンションの敷地内で湧き起こる。
「やれやれ……こんなに賑やかな事件現場というのも気味が悪い。私たちだけで先に署まで行くとしよう。まだ昼前だが、出前をとるにはいい頃合いだろうしな」
「あの……その出前の代金は、誰が払うことになるのでしょうか」
「そりゃあ、食べた人が払わなきゃならんだろうな」
ため息をついた信一は、メリーグレイスをしっかり立たせ、その手を握って先行く中年警察官の後を追う。
その足取りは、心なしか重く見える。
だが彼の表情は、実に晴々とした笑顔を浮かべていた。
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