メリーグレイス、あるいはケモノの耳をもつ戦乙女

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「ここは何処なんですか⁉ あれは何ですか⁉ 私は、何故自分で自分の身体を動かせているのですか⁉」 「わかった……から、ちょっと待ってぇ……」  腰にしがみついたままのメリーグレイスを引きずりながら、やっとのことでリビングにたどり着く。その間にも、インターホンは鳴らされ続けていた。その上、焦れた来訪者は玄関の扉までノックしながら「ねえ、中にいるよね!」と催促をしだす始末。  受話器の画面を見るまでもない。信一は、歯ぎしりをしながら通話ボタンを押した。 「……何しに来たんだよ」  画面に表示された曇り顔のが、安堵で胸をなでおろす。 「よかったぁ~! 江田くん、ちゃんと生きててくれてたね」 「なんですかそれ……福原さん、確か今日って出勤でしたよね? こんな僕をからかう為だけに、わざわざここまで来たんですか?」 「四日も無断欠勤し続ける江田くんに言われたくないな……ちょっと酷いよ」 「酷いのは……酷いのはどっちだよ。人の気持ちを弄びやがって!」 「そんな言い方、しなくなっていいじゃん……」 「事実だ! 陰で僕のことを、公務員の婚約者様と一緒に馬鹿にしてたんだろ!」 「あの時は、江田くんが本気で好きだったの! じゃなきゃあんな事しないよ!」 「なんだよ……それ。ちょっと、あの、何を言ってるのか解らない……」 「いつまでもグチグチしつこいね……私、ちゃんと謝ったじゃん! それでいいでしょ? そんな事よりさ、もう何か食べた? 私、お弁当買ってきたからココ開けてよ」 「帰れよ」 「はぁ? 何言ってんのさ。店長に相談して、早退許可まで貰って来てるんだよ?」  頭をかきむしった信一は、通話を打ち切ろうとボタンに手を伸ばそうとした。 「エダあああっ! 私は、いつまで待てばいいのですかっ‼」  信一の身体が固まり、祐美が怪訝な顔をする。 「……ねえ、江田君? 今の声って女の人? そこに誰か、いるの?」 「……ち、違う! 誤解と言うかなんというか……何から説明すればっ……わわわっ‼ ど、何処に手をかけてるんだ……ってぇ、オイ! パンツはダメーっ!」 「ふぅん……元気そうじゃん。心配して損しちゃったなー? 私、帰るよ」  スイ、と画面から祐美の姿が見えなくなる。  焦りに焦っていた江田の焦点が、ズボンを掴んで離さないメリーグレイスの、のっぺりとした横面に定まった。人であるなら、そこには耳があるはずの場所である。  江田はズボンを脱ぎ捨て、メリーグレイスの手を振りほどき、全速力で玄関に駆け寄った。チェーンと鍵を外し、勢いよく外に出る。  振り返り、驚いた顔で立ち止まる祐美を見つけると、江田は勢いよく頭を下げた。 「福原さん、お願いします! 僕たちを助けてください!」 「よ、よく解らないけど、何か解った。だからさ……取りあえず、下履こう? ね?」  自力で這い出てきたメリーグレイスの手には、江田のパンツが握られていた。
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