メリーグレイス、あるいはケモノの耳をもつ戦乙女

3/10
前へ
/10ページ
次へ
 信一は、長さと金額が恐ろしいことになっているレシートを眺め、ため息をつく。  リビングのカウンターテーブルでは、買ってきたばかりの弁当を、手づかみで次々に平らげてゆくメリーグレイスの姿があった。  空になった容器をまとめていた祐美が、タルタルソースで汚れた手をシンクで洗う。 「まあ、私は立て替えたお金貰えたからいいけど……それよりもさ。江田くん、まさかとは思うけど、『火事を起こして自殺でも……』なんて考えてたりした?」 「ここに火を? まさか! ……なんで、そんなこと聞くんですか」 「シンクの中が燃えカスだらけなんて状況を見ちゃったし? 何を燃やしたのさ」 「……色々」 「……あ、そ。そうだ。店長から聞いて来いって言われてたんだけど、いつこれるの?」 「明日から行きます。イジイジしてるわけにもいかなくなったんで」 「そうね。それは良いけど、休んでた理由はなんて言うつもり?」 「何か、考えます。本当のことは言うつもりないですし、お互いに困りますよね」 「エダ! 私、これが一番好きですっ‼ 食べてみてくださいっ」  みたらし団子の餡で口の周りをベタベタにしたメリーグレイスが、最後の一個を信一の口にねじ込んでくる。その光景を見た祐美は、目を逸らしてバツが悪そうに呟いた。 「……江田くんの好物だったなーって思ってたら、つい手が伸びちゃったんだ」  上着を羽織る祐美の背中を、信一はまともに見る事が出来なかった。 「にしても、私もやってみようかな……『一度も戦うことなく最大レベルまで育成しきれば、そのキャラクターは実体化する』なんて都市伝説をさー」 「帰るまえに、もう一個だけお願いを聞いてほしいです」 「ヤダよ。これ以上遅くなると、旦那に何か言い訳を考えなきゃいけなくなるし」 「……メリーグレイスの服を買いたいんです」 「イ、ヤ。もう散々手伝ってあげたじゃん! 帰るったら、帰るんだから」  足早に出ていこうとする祐美の腕を、江田はしっかりと掴んだ。 「痛いよ」 「……」 「放してよ」 「……」 「……じゃあ、見返りに私の服も一緒に買う事。そうじゃなきゃ、何が何でも帰るから」 「……コンビニでお金おろしてきます」  信一は、祐美から借りた上着をメリーグレイスに羽織らせ、更に尻尾を腰に巻き付けさせる。双剣を持っていくか否かでひと悶着あったが、程なくして無事に出発した。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加