メリーグレイス、あるいはケモノの耳をもつ戦乙女

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 ブティックの紙袋を持った信一たちは、同じ紙袋を持つ祐美と向かい合う。  駅の構内には終電間近のアナウンスが響いており、酔っ払って騒いでいる若者や、不機嫌な顔をしているサラリーマンがひしめき合っている。 「私、反対方面だからここでお別れだね」 「その……福原さん、ありがとうございました」 「いいよ。目当ての服は手に入ったしさ……そだ、最後に一つ聞いても良い?」 「何ですか? もう、お金なんてありませんよ」 「バカ……その子のことさ、キミは何だと思ってるのかなって。じゃあ、また職場で」  祐美が乗った電車を見送り、信一とメリーグレイスも電車に乗るために列に並ぶ。  メリーグレイスは身震いをすると、白のニットキャップを目深にかぶり直した。 「エダ。やっぱり、武器を持たずにいるというのは落ち着きません」 「ここはゲームの世界とは違って、突然襲ってくる敵とかいないから大丈夫だよ」 「……とても、すぐには信じられそうにないです」 「大丈夫。メリーは、これから少しづつ色んな事を覚えていけばいいんだよ」  電車がホームに入ってくると、メリーグレイスの身体が強張った。 「また、あの凄いうなり声をあげるセンチピート型モンスターのお腹に入るのですか?」 「また、殴ったり噛みつこうとしたりしないでくれよ……? さっきも言ったけど、あれはモンスターじゃない。電車っていう乗り物なんだ」 「不思議です……生きてないのに動いているのは、不死属性だからでしょうか?」 「まず、この世界のルールや常識を教えていかなきゃダメな感じかなぁ……」  電車に乗り、揺られている間、信一は祐美の問いの答えを考え続けていた。だが、腕にしがみ付くメリーグレイスの感触が、彼から集中力を奪っていた。彼女は外出を始めた時からこの調子で、着替えの時ですらなかなか離れようとしなかったのだ。  不意に、メリーグレイスが身震いをする。 「なんだろう……寒い? 僕の上着も貸そうか?」 「いえ、寒さによるステータス異常はみられませ……んんっ!」  再び、メリーグレイスが身震いをする。 「それとも……これも『クウフク』と同じように、私の知らない事なのでしょうか」 「なんだろう、風邪のひきはじめかなぁ……風邪薬の買い置きあったかなぁ」 「面目ないです……お腹のあたりがくるしくて。なにか、変な感じが……ああっ⁉」  江田は、メリーグレイスにつられて視線を落とす。  メリーグレイスが履くデニムのレギンス、その股周辺に濡れシミが広がっていた。  つん、とするニオイに気が付いた周辺の乗車客は、信一とメリーグレイスから距離をおく。満員だったはずの車内に、ぽかりと空間が生まれた。  好奇の視線に晒され、恥ずかしさで呂律の回らない謝罪を繰り返した信一は、次の駅で途中下車。  駅のトイレ前まで来た瞬間、一斉に集まる視線に怖気づいて踵を返す。  コンビニで、ショーツやタオルなどを手早く買いそろえると、トイレのある公園に急いで向かったのだった。
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