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3.お父さんと呼んでも、いいですか?
「お父さんと呼んでも、いいですか?」
ある時。狐乃音はお兄さんを見上げながら、そう望んだのだった。
狐乃音はお外では、お兄さんのことをあえてそう呼んでいた。勿論、これにはちゃんとした理由がある。
ちなみに。外出するときは、狐乃音が持つ不思議な力を使って、狐の耳と尻尾をしっかりと隠していた。
服装も、愛用の巫女装束から、違和感のない子供服へと着替えたものだ。
小さな狐の神様はこのようにして、普通の人間の子供に変装をしたのだった。
けれど、外出の時は注意すべきことがもう一つあった。それが、呼び方なのだった。
「お父さん?」
「はい。……ダメ、ですか?」
どうしてお兄さんではなくてお父さんなのか。それは、やむを得ない事情があるのだった。
小さな子を、血縁関係の全く無い男が連れている。それだけで事案が発生する。警察さんに、ドナドナのように連れていかれてしまう。
未成年者略取。誘拐。職務質問をくらうのは当然の事。
お兄さんはそのことを危惧して、狐乃音に説明した。
「狐乃音ちゃん、あのね」
「はい」
「実はその。相談にのってほしいことがあるんだけどさ」
「なんでしょうか?」
説明を聞いて狐乃音はすぐに納得し、ちょっと恥ずかしそうに解決策を示してくれた。
「……では。お外では、お兄さんではなくて、お父さんと呼ばせてください」
「え?」
「それなら皆さんも、納得してくれると思います」
確かに、親子だと言われて疑う者はいないだろう。
「そうなのかな?」
「もし、似ていないって言われたら、お母さん似だって言えばいいと思います」
「そっか」
外見は親子といっても違和感はなさそうだ。
「ですので。お父さんと呼んでも、いいですか?」
そんな理由があるのだった。
お兄さんの答えは、勿論OK。
「うん。いいよ」
彼に、実際に娘がいたとしたら、こんな感じなのだろう。本当に、こんなに可愛くて素直ないい子が娘なら、さぞかし幸せなのだろうなと、お兄さんは思った。
◇ ◇ ◇ ◇
そんなやり取りがあったのだった。
「お父さ~ん」
そんなわけで、お外では本当の娘のように、狐乃音は接してくるのだった。
しっかりと手を繋ぎ、とてとてと歩いてくる様はとても愛らしい。
出会った頃に、お兄さんは狐乃音に言った。
『警察に保護されるの、嫌?』
本来ならば、そうすべきなのだろう。
『……はい。怖い、です』
狐乃音は別に、行方不明の子というわけでもない。
狐の耳と尻尾をもった、不思議な力を使える女の子。実は神様なんですと言ってみたところで、誰が信じるものか。
行き場がない。お金もない。どうすればいいのかわからない。狐乃音は心の底から困り果てていた。
そんな狐乃音に手を差しのべたのが、お兄さんだった。
『それなら、ここにいなよ』
『いいのですか?』
『もちろん』
『ありがとうございます』
狐乃音はお兄さんの優しさに触れた。
大好きな人。間違いなく、そうだと言える。
思えば、なにも知らない狐乃音に、お兄さんはいろいろなことを教えてくれた。
それだけじゃない。おいしいご飯に暖かいお布団もくれたのだ。広々としたお風呂も気持ちいいし、見させてくれた楽しいアニメも大好きになった。もう、何とお礼を言えばいいのだろうか。
狐乃音はお兄さんに、少しでも恩返しをしたかった。
でも、そう思ったところで、果たして自分に何ができるのだろうか? 狐乃音がまたまた困っていると、お兄さんは言った。
『僕の、話し相手になってほしいんだ』
ああ、それくらいなら、私にもできます。と、狐乃音は思った。
『じゃ、決まりだね。よろしくね、狐乃音ちゃん』
『よろしくお願いします~』
狐乃音は嬉しくて、尻尾をぴんと立てるのだった。
お兄さんでいてお父さん。狐乃音は時々甘えて、ぎゅ~っと抱きついてしまうのだった。
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