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5.おまもり狐
狐乃音の指摘を受け、お兄さんはすぐさま、消防に通報した。
その甲斐もあってか、ビルの中にいた人たちは速やかに避難を開始していた。
消防のやりとりを聞く限り、狐乃音が言った通り、ビルの地下にてガスが充満していたようだ。
そうなった原因は、まだよくわかってはいないが、狐乃音は浮かない顔をしていた。
「うきゅ……」
「狐乃音ちゃん、どうしたの?」
「まだ……中に人がいます」
それもまた、神としての力だろうか。悪い予感として、わかってしまうのだ。
「え?」
「逃げ遅れた人がいるんです!」
迅速な対応だったが、事態はそれ以上に深刻だったようだ。どうすればいいのか、お兄さんにはわからなかった。
そんなとき、狐乃音は言った。
「お兄さん! 行かせてください! 間に合わなくなっちゃいます! お願いします!」
お兄さんは『だめ』とは言えなかった。この子はきっと、逃げ遅れた人達を助けることができるのだ。神の力を持つ女の子なのだから。
勿論、お兄さんとしても、小さな、可愛らしい彼女を危険に晒したくはない。けれど、ダメだと言ったところで、彼女は行こうとするだろう。そういう子なのだ。
「……必ず、無事に帰ってくるんだよ? 本当に、気を付けるんだよ?」
「はい! 必ず、戻ってきます!」
ああやっぱり、お兄さんは優しいですと、狐乃音は改めて思った。大好きです、と。
危ないから行ってはダメ。そう言いたいのを押し殺して、狐乃音の好きなようにさせてくれる。お兄さんの、噛み締めた唇がそれを物語る。
お兄さんとか、お父さんとか呼んでは慕ってくれる子を、危険な場所に行かせなければならない。ただ安全な場所で祈ることしかできない無力さを、お兄さんは堪えていた。
狐乃音は笑顔でお兄さんにぎゅっと抱きついてから、そして、行くことにした。
「では! 行ってきます!」
狐乃音はそう言ってから強く念じ、その場から姿を消した。
正面から入ろうとしたら止められるし、残された時間が少なすぎる。狐乃音はこっそりと、瞬間移動の術なんてものを使ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
(こっちです!)
狐乃音は一目散に走る。場所は何となくわかる。すぐそこだ。
と、その時だった。
「うきゅっ!?」
ずずん、と、階下から重たく潰れるような音と共に、フロアの照明が一斉に消えた。地下のどこかで小規模な爆発が起きたようだ。
「怖く、ないです!」
狐乃音にはわかっていた。
今のは前兆に過ぎない。次に訪れる爆発こそが、大規模な破壊をもたらす致命的なものなのだと。
「うきゅぅぅ……。こ、恐くなんてないですからね!」
もう、時間がない。狐乃音は必死に強がり、涙を拭い、暗闇をひたすら走る。
(こっちの方に、逃げ遅れた人がいます!)
狐乃音が思ったとおり、人の声がした。
しかし……。
「あ……」
十数名ほどの人がいた。
小さな子供や、足の不自由なお年寄り。足を怪我して松葉杖をついている男性。それに加え、妊婦さんもいる。先程の爆発音と停電によって、みんな恐怖を感じている。
狐乃音は少しばかり呆然として、戸惑った。
大人が全力で走れば、爆発が起きる前に逃げ出せるかもしれない。だが、もはや灯りも消えており、どこに行けばいいのかすらわからない。加えて、早く動けない人達ばかり。これでは脱出は不可能だ。
(ど、ど、どうすればいいのでしょうっ!?)
狐乃音はどうにかして、気持ちを落ちつかせる。慌てたところでいいことなんて何もないのだから。
脱出が間に合わないのであれば、もはやガードするしかない。でも、どうやって?
ああ、まただ。多分、できるのだと狐乃音は思った。
(一カ所に集まってくれれば……どうにかできそうです。でも……)
狐乃音は自分の体を見つめる。
例え正論だったとしても、こんな小さな子供が叫んだところで、誰が指示に従ってくれるだろうか?
もしも、自分が大人だったら。それも、誰からも目を引くような、目立つ感じの、力強さを持った。誰もがついてきてくれるような……。
大人? 目立つ? 力強い?
狐乃音は思い浮かべる。朝方、楽しく観賞していたアニメ、プリギアのことを。
(そ、それなら、できるかもしれません!)
狐乃音はもう、迷わなかった。
恥ずかしいとか、もはやそんなことを言っている場合じゃない。すぐに手を打つのだ。
そう。
皆さんをお守りするために、狐乃音は変身するのだ!
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