6.運命の歯車

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6.運命の歯車

 暗闇の中から、眩い光と共に彼女は現れた。  紅白の華やかなドレスは、狐乃音が思い描いた憧れの自分。  どこか和のテイストを漂わせながらも、可愛らしいリボンをふんだんにあしらっている様は、まさに和洋折衷。 「運命の歯車、ぴたりと噛み合わせてみせます!」  狐乃音は力強く宣言する。  きらきらと光り輝く金髪に、白い肌。そして、狐の形をした耳と尻尾。  小さな狐娘は今、気品のある大人の女性に変身していた。  そして狐乃音は、とっさに思いついた名前を叫んだ。 「ギア・ヴィクセン! 皆さんをお守り致します!」  それが今の自分だ。  特別に目立つ姿ということで、狐乃音が考えたのが、これだった。  無論、はったりに過ぎないのは確かだ。ギアヴィクセンなるキャラクターは、実際には存在していない。狐乃音が思い描いた、完全にオリジナルの戦士なのだ。 「わぁ!」 「きつねのプリギアだ~!」 「格好いい!」 「可愛い!」  狙い通り、子供達は怖いのも忘れて、狐乃音の元に駈け寄ってくる。 「プリギア~!」  ……何故か、松葉杖をついた大きなお兄さんもやってきた。ファンなのだろうか?  ともかく、狐乃音は自分の判断が正しかったことを知った。やった! 大成功だ! こうなればもう、しめたものだ! みんな、狐乃音のもとに集まってくれた! 「皆さん! 落ちついて聞いてください! これからすぐに、ここで大きな爆発が起きます! ですが、大丈夫です! 私が皆さんをお守りしますから、私の元から動かないでください!」  極限状態ということもあったけれど、狐乃音の言葉は説得力があった。そして、誰もが素直に従ってくれた。  もう、このビルに人の気配は感じない。力を発動するのは今だ。 「ではいきますよ! 私がいいと言うまで絶対に、側を離れないでくださいね! はああああああっ!」  できる。神の力を感じる。狐乃音は守りのイメージを大きく膨らませる。  そして、いつもペンダントとして身に付けているマジックアイテム。……緑色の勾玉と、髪留めにしている鈴付きの和紐を掴んでから、両手を高くかかげ、念じる。 「ギアヴィクセン! ファイナルソリューションッ! ……チョバム・フォース・フィールド! 展開っ! はああああっ!」  狐乃音の体が光り、長い髪が風に揺れる中、ブゥンッと震えるような音がした。  金色の柔らかな光が辺りを照らし、狐乃音を中心として半径数メートルに、ドーム状の力場が展開されたのだった。  これこそが、みんなを守る為の強固な盾だった。 (間に合った!)  そして遂に、爆音が響き渡る。最初のものとは比較にならない程大規模な爆風が、フロア全体を吹き飛ばしていった。 「怖くないですからねっ! へっちゃらですから、落ち着いてくださいっ!」  狐乃音はそう言って、みんなを勇気づける。  不思議な事に、誰もが狐乃音の言葉を信じてくれて、悲鳴をあげる者は一人もいなかった。  熱を帯びた凄まじい爆風も、飛び散る鋭い破片も、狐乃音が張った力場によって全てはじかれた。  力場の中は静かで明るくて暖かくて、何の不安も感じなかった。優しさに包まれるとは、まさにこの事だろうかと、誰もが思った。  爆発がおさまるまで、数分を要した。狐乃音はただひたすら、力場を維持するために集中を続けていた。  その頃。 「狐乃音ちゃんっ!」  ビルから遠く離れたところで、お兄さんは息を飲んだ。あの凄まじい爆発の中に、狐乃音がいるのだ。  無事でいてと、祈ることしかできなかった。無力すぎて悔しくて堪らない。 ◇ ◇ ◇ ◇ 「お疲れ様」 「うきゅ……。ただ今戻りました~」  狐乃音はやるべき事を全て終え、お兄さんの元へと戻ってきていた。 「怪我はない?」 「はい。何とか、大丈夫です~」 「よく無事に、戻ってきてくれたね」  お兄さんは狐乃音を優しく抱きしめた。大丈夫だとわかってはいたけれど、それでも、ものすごく心配だった。狐乃音を目の前にして、ようやく緊張が解けたのだ。ふう、と大きく息をついていた。 「皆さんも、全員ご無事ですよ~」 「みたいだね」  爆発が完全に収まり、安全になったのを確認してから、狐乃音はみんなをビルの入口へと連れて行った。  みんなが無事を喜ぶ間に、狐乃音はいつの間にか、誰にも気づかれないように背を向け、消え去るようにいなくなっていたのだった。 「最初はですね。瞬間移動で皆さんを助けようかなと思っていたのですが」 「うん」 「どこに飛ぶかわからないですし、人を大勢運ぶのも難しいですし、それに、すぐ疲れちゃうんです」 「そっか」 「だからあんな、心配をおかけしちゃう方法しかなかったんです」  本当にもう、無理をするなあとお兄さんは思いながら、狐乃音の頭を優しく撫でてあげた。 「帰ろう」 「はい~」 「おんぶしてあげる」 「え? でも……」 「くたくたに疲れ果てちゃっているんでしょ?」 「あは。お見通しですか」 「わかるよ。すごい爆発だったもの。あれからみんなを守ったんでしょ? 相当な力を使ったって事くらい、僕にもわかるよ」  狐乃音は持てる力を可能な限り使って、みんなを守ったのだった。もう、フラフラのへろへろ状態。 「うきゅ……。お兄……お父さん。私……眠っちゃうかもしれません」 「いいよ。ゆっくり休んでね」 「ご迷惑、おかけしちゃいます」 「そんなこと。迷惑だなんて思わないでいいんだよ。だって僕は狐乃音ちゃんの、お父さんなんでしょ? あ、それとも、お兄さんかな?」  狐乃音はニコッと笑った。 「はいっ」  早く、お家に帰って休もう。  可愛くて勇敢な狐娘をおんぶしながら、お兄さんは歩んで行くのだった。
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