7.狐乃音、怒ってます!

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7.狐乃音、怒ってます!

 その日、狐乃音は怒っていた。とても怒っていた。大層ぷんぷんしていた。  おだやかな性格の彼女が怒っている理由。それは、お昼時にやっているワイドショー番組の内容が原因だった。 「うきゅ~っ! いい加減です! 杜撰です! ひどいです!」 「まったくだね」  ショッピングモールでの爆発事故から数日後。ようやくのことで事故の原因が判明したようだ。  そんなわけで、お昼のランチタイムに狐乃音とお兄さんは、食事をしながらテレビを見ていたのだった。  報道によると、地下にあったガスの配管が劣化して、ガス漏れを起こしていたとのこと。問題なのは、その次だ。  定期点検はろくすっぽやっておらず、配管の強度も通常より脆いものだったそうな。極めつけは、ガス漏れ検知の警報器がほとんど備え付けられておらず、残っていたものは軒並み故障していたという、あまりにもがっかりすぎるオチだった。  一体全体、どうしたらそこまでいい加減になれるというのだろうか?  それを知った狐乃音は、最初に唖然として、続いて怒った。必死に、体を張って事故から人々を守った当事者として、無関心ではいられなかった。 「なんですかそれは!」  あ、狐乃音ちゃん、珍しくマジおこだとお兄さんは思った。 「あり得ないですーーーー!」  狐乃音は、可愛い狐のお耳とふさふさ尻尾をピンッと立てて、毛まで逆立てていた。 「うん。全くあり得無い。このご時世、よくもここまで杜撰にできるものだね」 「たまたま私が気付けたからよかったですけど、とんでもない事になっていましたよ! もうっ!」  狐乃音の尻尾がせわしなく、床をぺしんぺしんと叩いている。相当イライラしているようだ。 「設備のメンテナンスの費用とかってさ。つい、削りたくなっちゃうものなんだろうね。無駄な経費だってことでさ」 「無駄じゃないですよぉ」 「うん。とっても大事なことなんだけどね。世の中景気が悪くて、どこもかしこもコスト削減って大号令でね。本当に大切なものまで削っちゃう人が多いんだよ。悲しい事にね」 「大切な事、ちゃんとわかってほしいです」  狐乃音は深く溜息をついたのだった。  当然のことながら、ビルの管理会社は大層怒られていた。そして今回の事故を教訓として、全国で事故防止の対策がいっそう厳しくなっていくことだろう。それがせめてもの救いとなればいいのだけどと、二人は揃って思うのだった。  と、そんなとき。 「あれ?」 「どうしたんですか?」  テレビは引き続き、事故の特集を放送していた。  事故の時、避難が間に合わず、ビル内に取り残されていたという男性が、インタビューを受けていたのだ。  狐乃音はよく覚えている。足を怪我して、松葉杖をついていた男性だ。彼は口を開いた。 『私はあの時、プリギアに助けられました』  その単語に、狐乃音はビクッとした。 「うきゅっ!?」 「え?」  爆発の直前、ビルの中には十数人程が取り残されていた。小さな子供や老人、怪我人に妊婦という、早く動くのが困難な人ばかり。  それなのに。あの爆発の中、一人も怪我をすることもなく無事だった。奇跡ではあるのだけど、常識的には有り得ない。一体どういうことなのだろうかと、誰もが思った。大きな謎だった。 『誰にも信じてもらえないかもしれませんけれど。爆発の直前に、ビル内に残された人達を助けに来てくれたんです。見たこともないプリギアが』  これだけだと、この男が何だかイかれたことを言っているのだと、誰もが思うだろう。だが……次の瞬間、動かぬ証拠が映像として流され始めたのだった。  ちなみに狐乃音はこの時、お箸でいなり寿司を掴み、お口を開けたまま固まっていた。 『ギアヴィクセン! 皆さんをお守りします!』  あの爆発を受けて尚、データが生きていた監視カメラがあったようだ。映像は暗く、少々ぼんやりとしてはいるものの、男性の言葉通り正体不明のプリギアが現れて、人々を守ろうとしていた。  華やかな紅白のドレスを着た、凛々しい大人の女性が叫ぶ。 『チョバム・フォースフィールド!』  そして辺りが金色の光に包まれたところで轟音が聞こえ、カメラの映像はぶつりと途切れた。大爆発が起こったのだ。 「うきゅーーーーーーーーーー!」  信じられない。見られていた。そして、あろうことか全国に向けて放送されてしまった。何ということでしょう。穴があったら入りたいですと、狐乃音は顔を真っ赤にしながら、心底そう思った。 「み、見られちゃいました! バれちゃいました! うきゅ~~~~っ!」  けれどお兄さんは、落ちついていた。 「まあまあ落ち着いて。変身前の姿は見られてないみたいだから、大丈夫だよ」 「そうですけど……」  テレビは続ける。この、ギアヴィクセンなる人物は、いったい何者なのか? と。そして、この映像がSNSなどで大層話題になっているということもまた、伝えるのだった。  格好いい! とか、狐ギアだ! とか、この子にはどこに行けば会えますか!? 会わせてください! とか、変身シーンを見たい! とか、俺も守ってほしい! とかとか。 「何だかすごいことになってるね」 「恥ずかしいです……。うきゅぅ……」 「恥ずかしがることはないよ。すごく、格好良かったよ」 「ありがとうございます。どうすればいいかわからなくて、無我夢中だったんです……」 「これが、狐乃音ちゃんにとっての憧れの姿なんだね」 「はい……。そう、です」  お兄さんは狐乃音の頭を優しく撫でてくれた。それだけで、気持ちが落ち着く。 「格好いい女の人に、憧れます。今まで見せてもらったプリギアだと……そうですね。ギアパッショーネとか、ギアエイースースとか」 「ああ、なるほど。わかる気がするよ」  狐乃音の口から出たのは共に、特に大人びた雰囲気を持つキャラクター達だ。狐乃音は本当に、強く憧れたのだろう。 「名前。フォックスじゃなくて、ヴィクセンなんだ?」 「はい。女の子の狐はそう言うものなんだって、前にテレビを見ていて、言っていたんです。それが、印象に残ってて」 「そっか」  実のところ、ヴィクセンという名前には『女狐』だとか『意地の悪い女』だとか『やかましい女』といった意味もあるそうなのだけど、あえてお兄さんは黙っていることにした。  狐乃音がそれを聞いたら『うきゅーーー! 私、そんなに意地悪じゃないですーーー!』とか、いじけてしまうかもしれないから。  そうしていつしかテレビは別の話題に変わっていた。 「本当に可愛くて、格好良かったよ」 「ありがとうございます。……えへへ。恥ずかしかったですけど、お兄さんにそう言われると、変身してよかったって思います」  狐乃音は思った。このお兄さんにだけは、見てもらいたいかも、と。 「僕も、見てみたいな」  そしてお兄さんもまた、そう言った。  お兄さんにそう言われたら、断る事なんてできませんですと、狐乃音は笑顔になった。 「……。上手にできなくても、笑わないでくださいね?」 ◇ ◇ ◇ ◇ 「では、始めますね」  狐乃音とお兄さんが住んでいるお家はかつて、アパートとして使われていたとかで。二人は主に二階を使用しており、数部屋分の壁をぶち抜いていて、かなり広い。  そんな、何畳もあるような和室にて、狐乃音はお兄さんに変身シーンを披露した。  すうっと息を吸い込み、お腹から声を出す。 「きらめく運命を、抱き締めて! う~きゅ~!」  自然な手付きで、長い髪をまとめていた紅白の和紐をほどく。同時に、ペンダントの勾玉を右手に持ちながら、くるくると回転していく。  やがて狐乃音の体が虹色に輝き、胸と頭に大きなリボンが現れる。続いて、腕、足、肩の順に紅白のドレスが包んでいく。 「ギアアラウンド……エクステンション!」  楽しげなかけ声とともに、狐乃音は数秒間にわたって眩い光りに包まれる。  光がおさまったとき、狐乃音は大人の女性に変化していた。可愛らしい耳と尻尾はそのままに、一人のプリギア戦士が登場したのだ。 「ギアヴィクセン! 幸せな運命の歯車! ぴったりと噛み合わせます!」  そして腕を伸ばし、勇ましくポーズを決める。見事に決まった!  と、ここまでやったところで……。 「う……」 「狐乃音ちゃん?」 「う、うきゅ~~~~! や、やっぱり、は、恥ずかしいのです~~~~!」 「すごく格好よかったよ。恥ずかしがらないで」  お兄さんはどこまでも優しくて、笑顔で狐乃音を包み込んでくれるのだった。  平和なお昼時。  小さな狐の神様と、お兄さん。  二人だけしか知らない秘密のやりとりがあったのだった。
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