I can feel it if you don't say.

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 思わず大きな溜息をついてしまった。俺の家族構成を聞いた瞬間、この会社の人ほぼ全員が、まず俺に聞いてくる質問第1位だ。 「別に俺が何かしたってわけじゃないんだ。まだこの会社が大きくなかった頃で、新人研修の時に天歌……じゃない、社長が直々に来てるくらいの時でさ。俺、その日たまたま遅刻しちゃって、部屋に行ったら、次の会議のために準備してる彼女がいて。で、丁度昼飯の時間だったから奢ってもらって……そっから」  この部署の中数少ない既婚者組の中で、最も際立っている例が俺なのは確かだけど。何せ自社の社長がその相手なのだ、驚かれるのは流石に承知している。 「うわ、ずりぃ……ラノベの主人公かよ」 「確かになんか漫画みたいだよね、それ。いいなぁ……私もそういう恋がしたい」  浮かれる同僚たちを尻目に、顔をしかめた澤田さんがジョッキを降ろして、俺を見た。 「いや、島田が聞きたいのはそれじゃなくて、どっちが『好き』って言ったかでしょ? 結局付き合ってって言ったのはどっちなのよ」 「あ、そういうことか。それは…………あ、天歌の方だ」  『君さえよければ、私の恋人になってくれないかな?』その言葉と、その時とても綺麗に見えた表参道の夜景は、今もよく覚えている。その明かりに照らされた天歌の顔も。……あの時はよくわからなかった、不思議な感情のまま頷いたことも。 「野郎ども、立ち上がれ! この裏切り者、生かしておけるか!」 「おおーっ!」 「え、ちょっと待って、島田お前なんつった?! なんで皆俺を怖い目で見てんの?! 今日はお前の結婚祝いだろ?! うわ待て、こっちくんな!」  そんな美しい回想は、野郎たちの野太い雄叫びにかき消された。皆、血走った目で俺を睨んでくる。……女性陣の方はというと、それ以上に恐ろしい目だ。いや待っておかしい、俺何もしてないよね?! 何で?! 酔ってるからか?! そうなのか?! 「あの美人社長に好きと思われ、付き合ってと言われ、あまつさえ結婚してしまう、そんな男は万死に値する!」 「なんだよ、それ! ってかお前のお相手だって美人だろうが!」  迫りくる奴らから逃げようとした所を思いっきり押さえつけられた。目の前にはなみなみと注がれたビール。 「よって貴様を、酒殺しの刑に処す————」
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