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ふと帰り道、酒の席で言ったことが頭を過った。言われてみれば、俺は半ば流されて結婚したようなものだった。
『好き』とも、『付き合って』とも、『結婚して下さい』とも、言ったことがなかった。その言葉は全部彼女から出てきて、俺はただ頷いただけ。
もちろん、天歌のことは好きだ。それは間違いない。昔はよくわからなかったけど、今ならわかる。天歌が同じ気持ちなのは一目瞭然。何せことあるごとに好きだの、愛してるだの言ってくる————正直うっとうしくて、照れくさくて、恥ずかしいくらいに。
けど……あろうことか、俺は天歌に『愛してる』とも『好きだ』とも言ったことがないのだ。なんだか気恥ずかしくて、上手く言えそうになくて。……でも皆の言うことはもっともだ。ちゃんと伝えなくちゃ。そうしなきゃダメだ。
好きな人に気持ちを伝えたい。それは俺だってそうだ。いつもはできなくてもいい。せめて、特別な日くらいは。
それなら。俺はスマホのカレンダーについた赤い印を見た。その時、電車の扉が開く。おっと、降りないとな。電車を降りて、自宅まで歩く。月明かりの下で、先程見た文字が頭の中に鮮明に浮かび上がった。
『結婚記念日』。
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