コレクション

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 私の趣味ですか?そうですね、特に大したものはないですが、まあ、あえて言えば、クラシック音楽ですかねえ。いや、演奏はしません。聴く方専門です、ええ。それも暇な時にプレーヤーで聴くくらいで、コンサートホールにも、ここ何年も行ってないんです。我ながらいい加減ですね、へへ。  ただ、私の周囲には色んな趣味を持って、かなり深くのめりこんでいるような人も結構いますよ。中でも私の友人のSという男は、かなりマニアックというか、ユニークな趣味を持っていました。  どんな趣味かといいますと、要は犯罪に関わった物品のコレクションなんです。  犯人が使用した凶器、被害者の着ていた衣服、果ては逃走犯が立ち寄ったコンビニのレシートなんてものに至るまで、とにかくおよそ実際の犯罪において、使用されたり関わった物については、ありとあらゆるものが収集の対象になっていたのです。当然、その多くは証拠品ということになるのですが、何故か彼は実に沢山のコレクションを保有しておりました。一体どうやって入手してるのか疑問に思って、一度聞いてみたことがあります。 「でもどうやって手に入れてるんだ?本来、犯罪事件の証拠品なんだから、公判手続きが終わったら、全て関係者に返還されるんだろう」 「そこは蛇の道は蛇でね。まあ、色々とやりようは……」  Sはそう言ってにやりと笑いました。彼はそれなりに地位と財産のある人間で、確かに色んな方面に顔が利く人間ではありました。そういう人脈をフルに使って、色んなルートから"そういう物"をかき集めてきたわけです。加害者や被害者は勿論、場合によっては、司法・警察関係者から直接に入手したこともあったそうです。  中でも、殺人事件に関するものは特に彼の関心が高く、多くのエネルギーが注がれておりました。実際、コレクションの点数においても、殺人・傷害絡みの物が圧倒的に多かったのです。  学生時代に推理小説の同好会を通じて彼と知り合った私は、それ以来ずっと長い付き合いを続けていました。そして時々彼の家を訪れては自慢のコレクションを見せて貰っていたのです。地位も財産も有り、優雅な独身生活を続けていた彼は、自分の広い部屋を思うがままに犯罪コレクションの博物館にすることができました。そうは言っても、入手の経緯等やはり人に言えないことも多いですから、そのコレクションを見せて貰えるのはごく限られた人間で、学生時代から何故か馬のあった私もその数少ない一人だったというわけです。この私自身、犯罪史や猟奇殺人事件といったものにも強い関心を持つ人間ですから、彼の部屋を訪れて、コレクションを見せてもらいながら様々な犯罪談議に花を咲かせている時間は非常に楽しいもので、実際貴重な経験をさせてもらう機会に恵まれることもありました。  ある時彼の部屋を訪問した私は、最近入手したというひと振りのナイフを見せてもらっていました。なんでも三十年ほど前に外国で発生した、連続殺人事件の犯人が使用していたものだそうです。そんなものが何故、この日本に、そして彼の手元に渡ったのか、どうもガセネタじゃないかという気もするのですが、彼に言わせると「手に取ってみればわかる」のだそうです。つまり、長年コレクションを続けているうちに、それが“本物”か否か、実際に触ってみると感覚的に分かるようになるらしいのです。 「これがそうさ。実際に人を殺す際は、銃を使用することも結構あったみたいだね。だからそのナイフが殺人に使用されたのは、彼が殺した人数の凡そ半分くらいのケースで、あとは死体の解体に使うことが多かったみたいだ」  そう説明しながら彼は無造作にそのナイフを渡してきました。悍ましい説明とはうらはらに、そのナイフは寧ろとても綺麗なものに見えました。刃の部分にこびり付いた血や脂のくもりだとか、柄の部分に染み付いた血痕だとか、私の俗っぽい想像力が期待したものは何もなく、新品と見紛うばかりの輝きを放っていたのです。考えて見れば、その犯人にとっての”商売道具”なわけですから、彼が”商売熱心”であればあるほど、道具の手入れは怠りなくやっていた、ということなんでしょうね。 「自由に見てもらって構わないけど、くれぐれも気を付けてくれよ」 「ああ、勿論丁寧に扱うよ。傷付けたりしないから」  連続殺人犯が使用したというナイフを押し頂くようにして矯めつ眇めつしていた私に、彼は首を振りました。 「違うんだよ。そういう意味じゃないんだ」 「そういう意味じゃないって?」  彼の言葉の意味が良く分からなかった私に、Sはこういう話を始めました。 「つまりさ。こういうものって、色々な人の“念”、それも強烈な念がこもるわけだよ。目の前の犠牲者が吹き上げる血しぶきを浴びて、大声で笑いながら何度もナイフを振り下ろす殺人者が味わう快感、陶酔……あるいは十年越しの仇敵を目の前にした復讐者の強烈な憎しみ……あるいは、全身何十か所という刺し傷に覆われて死んでいった被害者の恐怖や絶望、そして怨念……これらの品はそれらの“当事者”達の念を間近に浴びて、“そういうもの”が染み付き、擦り付けられたものなのさ。それを手に取って、目を凝らして眺める人は、当然、そこから”発散“されてくる、そういった念の影響を受けることになる。目に見えない放射線みたいにね。気を付けていないと、それらに支配されてしまうこともある……今の君みたいにね」  彼の最後の言葉に、私は我に返りました。ふと気づくと、私はそのナイフの柄を逆手に持って、思い切り強く握りしめ、じりじりと目の前に持ち上げていたのです。そう、今まさに誰かの頭上にそれを振り下ろそうとしている殺人犯のように。  それに気づいた私は慌てて、放り出すようにナイフを返しました。  そして二ヶ月ほど前のことです。  いつものように彼の部屋を訪れ、何か珍しいものはあるかと聞いた私に彼はこんなことを言いました。 「そう、珍しいと言えば、これは少し変わったタイプと言えるかな」  そう言って立ち上がると、すぐ側の壁に架けられていた一本のマフラーを私の前に持ってきました。比較的生地が厚手の黒色のもので、どことなく高級感のあるものでした。 「これは初めてのケースと言うか……つまり、他のコレクションは全て誰かから貰った物なんだが、これはもともと自分の物だったんだ」 自分の物だった……?怪訝な顔をする私に、Sは話を始めました。 「僕の知り合い……まあ、詳細は敢えて伏せるけれども、遠い親戚にあたる一人の男がいた。彼は学校を出た直後から、もう何十年と引きこもり状態にあった。いわゆる中年の引きこもりというやつさ。働こうという意欲はおろか、そもそも家の外に出ようという気が全くない。日がな一日自室でPCに向って、オンラインゲームの世界に浸りきって出てこようともしない。心配した親が意見しても全く聞く耳持たずで、却って逆切れして年老いた両親に平気で暴力を振るう。本人はまだ体力的には元気なもんだから、もはや老人達の手には負えない。困り果てた両親から相談された遠い親戚のこの僕が、とりあえず話を聞きに参上したわけさ。 「一応、ドアを開けさせて、彼の部屋で面談するところまでは漕ぎつけた。だが、話をしているうちに、こりゃ駄目だなと思ったね。自分の人生について、自らが当事者であるという意識がそもそも欠落してるんだな。こうなったのは全て両親のせいだ、社会が悪いんだ、の一点張りなんだ。そして、二言目にはもう生きていてもしょうがないから、すぐに死にたい。いつでも死んでやる。ただ、その時には沢山の人間を道連れにしてやる、とか喚き始めるわけさ。 「そんな身勝手な話を目の前で、延々と聞かされているうちに、段々と僕の心に……その……はっきり言うと憎悪が芽生えて来たのさ。どうせはなから死ぬ勇気も無いくせに。死ぬ死ぬ言っておいて、結局何の準備もしないまま、ただ只管年老いた両親を暴力で支配しながら、だらだらと引きこもり生活を続けていく。今日も、明日も……多くの人を道連れに死ぬことだけを夢見ながらね。 「こんな奴を生かしておいても、不幸な人を増やすだけだろう。どうせ死にたいと言ってるんだから、誰かが手を貸してやればいいだけのことだ。そう思った。だからその場に居合わせた僕が手を貸してやったのさ。つまり、これはもともと僕が巻いて行った自分のマフラーなんだよ。マフラーを貸してやったついでに、僕の“手”も貸してやったというわけさ……」  意味ありげな笑いを浮かべながら、Sは私の目を覗き込んで来ました。まさか……こいつは自分のマフラーを使って、自らその親戚を…… 「両親からは感謝されたよ。彼らの気持ちに僕もうすうす気づいてはいたが、流石に我が子を殺して下さいという一言は言い出せなかったんだろうな。そんな両親の気持ちを僕が“忖度”してやったというわけさ、はははは。そして、あとはそのバカ息子の死体にもう一度マフラーを巻いて、天井に引っ掛けて首吊りを偽装、両親が『引きこもりの息子が首を吊りました』と警察に通報、そのまますんなりと自殺で処理されておしまい、というわけさ」  淡々と自分が犯した人殺しの話をしている目の前のSに対し、私は恐怖を覚えていました。まるで大したことでもなかったように、あけすけに何のためらいも無く話しているその態度が、私の心を凍り付かせたのです。こいつは必要とあれば、私のことも簡単に殺すのかもしれない……恐怖と警戒感から、私は彼の目を見つめたまま固まっていました。  ところが、そんな私の顔を見つめたまま、彼は急に笑い始めたのです。 「……あははははは、なんてね。冗談だよ、冗談。これは何年も前から使っているお気に入りのマフラーさ。最近寒くなって来たから、いつでも使えるようにそこの壁にぶら下げてるんだ」 「なんだよ……」  見事にはめられた私は、怒るのも忘れて安堵のため息をついておりました。  そのSが死体で発見されました。  今からひと月ほど前のことでした。彼は独身で一人暮らしをしていましたが、週に二日、掃除と洗濯の為に通いのメイドさんを入れていました。そのメイドさんが、呼び鈴にも電話にも応答が無いということで警察に通報し、駆け付けた警官の手によってドアが開けられ、書斎で彼の死体が発見されたのです。  警察の見解によると、死後約八時間が経過、すなわち発見された日の前夜ぐらいに死亡したと思われる。死因は絞殺。頸部に帯状の物が巻きつけられた跡があり、またカシミアの繊維が頸部と彼の爪の間からも検出されたことから、何か帯状のカシミア製品、例えばマフラーのようなものにより、背後から絞殺されたものと推定されるとのことでした。因みに現場ではそのようなものは発見されなかったとのことです。  私はそれを聞いた時に、思い出しました。お話したように、彼は自室の壁にお気に入りのマフラーをぶら下げていたわけです。だが、現場にそのようなものは無かった……犯行に使用されたのが本当にマフラーだったとして、彼のものが使われたのかどうか、まだ何も分かっていませんでしたが、どうも私には犯人は彼のマフラーを使って絞殺し、そのままそれを持ち去ったのではないかと思えました。  ですが、最大の謎は、犯人はどうやって現場に侵入し、そこから逃走したのか、という点でした。部屋のドアは中から施錠され、鍵は机の中に保管されていました。他に人の出入りできるドアは無く、天井に唯一明り取りの窓があって、死体発見時にはここが開いていたのが確認されています。ですが、その隙間はせいぜい10cmにも満たず、とても人間が出入りできる隙間では無かったらしいのです。私も何度も彼の部屋を訪れていましたからよく分かりますが、あの窓から逃走するのは不可能だと思います。  そう、部屋は密室だったのです。何やら陳腐な推理小説みたいな状況ですが、これはあくまでも現実の事件なのです。仮に犯人が逮捕されても、ここが解明されなければ、犯行を立証出来なくなるわけですから、警察としても必死になって知恵を絞っておりました。  こうして犯罪関連グッズの一大コレクションを築き上げた男は、ある意味彼に相応しいとも言える死に方で、この世を去って行ったのです。  そして、つい一昨日のことです。  外出した私は、買い物を終えて自宅に戻ってきました。ところが、家の側まで来た時、玄関ドアの前に、何かが置かれているのが遠目に見えて来たのです。  何だろう?足を速めて玄関に近づくにつれて、だんだん、“それ”の姿がはっきりしてきました。黒い帯状のものがとぐろを巻くようにしてドアの前に置かれています。  そう、それは一本のマフラーだったのです。 「まさか……」  自分の家の玄関ドアの前まで来ながら、そこから一歩も動けなくなった私は、意を決して恐る恐るそれを摘まみ上げてみました。  間違いありません。シックな黒色で、厚手で高級感のある手触り。彼の部屋で見せて貰った当時は意識しませんでしたが、タグにはたしかにカシミア素材であることが表示されています。  まさしくそれはSの部屋にかかっていたマフラーだったのです。  我に返った私は急いで玄関ドアを開けると、マフラーを持って家に駆けこみました。それこそ殺人事件の凶器である可能性が高いものなのですから、こんなものを持っているところを人に見られたら、非常にまずい立場になるのは明らかです。  とりあえず、リビングのソファに腰を下ろして一息入れた私は、目の前のマフラーを眺めながら、考えてみました。  誰がこれを置いたんだろう?  普通に考えれば、これを持ち去った犯人なんだろうが、でも、何故私の家の玄関先に置いたのだろう?罪を擦り付ける為?それにしては持ち込み方が粗雑ではないか。それとも何かのメッセージ?一体なにを言いたいのか?  そして、例によって最大の疑問。仮に犯人だとして、その犯人はどうやってあの部屋を脱出したのか。  考えても考えても答えは出ませんでした。  ところがね。つい昨日のことですが、私には事件の全容がわかってしまったんです。   まずSですが、彼はやはり、自分のマフラーを使って、引きこもりだった自分の親戚を絞殺していました。冗談だと言っていた彼の話は全て事実だったのです。  そしてその際に、殺される間際の被害者の恐怖、生への執着、両親や社会、そしてSへの憎悪、一方Sによる被害者への強烈な嫌悪、そして初めて自ら犯う殺人行為の興奮や陶酔、そういった強烈な想念をマフラーはたっぷりと吸い込みました。  更に、夥しい数の犯罪コレクションが保管されたSの部屋の壁に架けられている間に、それらのコレクションが放つ念をも取り込んで行き、凄まじい妄念の塊りとなったマフラーは、殺人への渇望の赴くままに、次の犠牲者を求めるようになったのです。  そしてとうとうある夜、それは壁からするりと抜け落ちると、背後からSの首に巻き付いて彼を絞殺しました。そしてその後、明り取りの窓から蛇のようにずるずる抜け出て行ったというわけです。  信じ難いですか。そうかもしれませんが、私としてはこれが真実だとしか言いようが無いんです。どうしてそんなことが分かったのかって?それがですね。物凄くあっけなく分かってしまったんですよ、ええ、それこそ信じられないくらい簡単に分かってしまったんです。  考えあぐねていた私は、思わずマフラーを手に取って、表から裏からじろじろ睨みまわして、引っ張ってみたり、更には自分の首に巻いてみたり、とにかくいじくりまわしていたんです。すると、そうこうするうちに、じんわりと“マフラーが経験したこと”、つまり”真実“が手先を通して伝わって来たんです。ええ、本当なんですよ。まさしくSが言っていた言葉、「手に取ってみればわかる」というのがよく分かりましたよ、へへ。  そう、今まさに私が巻いているこれがそのマフラーなんです。え?何で部屋の中で巻いてるのかって?確かに変ですよねえ、へへ。でもね、これ、本当に巻き心地がいいんです。首の周りが気持ちよくじんわりと温まってきて、段々と頭の中に妙な快感が沸き起こってくるんですよ。どうです、あなたもちょっと首に巻いてみませんか?いえいえ、ご遠慮なさらず。さ、どうぞ早く巻いて下さい。え、眠いんですか?もう頭がぐらぐらしてますね。へへ、コーヒーに入れたお薬が効いてきたようですね。いいです、そのまま寝ててください。私が巻いてあげますから。いひひひひ。 [了]
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