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阪上一紀はいまだに、収監されている島から出られていない。
そこでいまは、主に、出産したβの体調を戻す研究をしている。
それが成就し──数年後、唯央達の体を治すことが出来たら、『武族』社会になら、出られるかもしれない。
もっとも、一紀がそれを望むかどうか──涼がいる場所なら、涼と一緒にいられるなら、この世界でも、どの世界でもいいのだ。
ふたりだけで、何も生み出せずに、どちらかが先にいなくなるとしても──それでも幸せだと心から言える、そういう覚悟は、二人とも出来ていた。
「僕達は、それでもちゃんと幸せだから。……だから、少しも厭味じゃなく、思うんだ。唯央さんは、いろんなものを生み出せて、凄いって」
「……」
唯央は、涼に微塵も厭味がないのがわかっていても──胸が小さく痛んだ。次いで、下腹の中がギュッとするのを感じる。
「──唯央」
大輝は、腹の子の異変を察知し、唯央の手を取り、繋いだ。
「だ、大丈夫……」
この子は──目の前に広がる作品と同様、数年かけて出来た子供だ。
唯央の身体は、通常よりも変容に時間がかかり、なかなか授からなかった。
しかし、その間、夕輝のプロジェクトに参加することができた。
納得のいく仕事が出来て、終わった頃──ようやく、来てくれた子供だった。
「僕は──」
目の前に広がった星空が、徐々に薄くなり、真っ暗な画面になる。
それはやがて、白に変わった。
朝が来たのか、世界が終わったのか、それとも──…
『みんながしあわせなきもちになる、そんな絵をかきたいです』
そう書かれた文字が浮かび、キラキラと輝きながら崩れ、白い画面に吸い込まれていく。
そして、また元の『黄色い絵』が映される。
命が生まれ、実りに笑い、失うことに泣き、そういうことを繋ぎ続ける島の絵だ。
きっと世界は──何処でも、そうだ。この島は、誰の心にもある。
気づかず、見失い、どんなに愛しても、やがて去ることになるとしても──その全てをわかった上で、幸せな気持ちになれるのではないか……
「……僕も、幸せだよ。この島に生まれてこれたこと、こんな僕を照らしてくれる、大きな太陽に出会えたこと──いまも、その人の傍にいられること……」
ここで、終わりではなく、まだ、真っ白な世界が広がっている。
まだ、描かなくてはならない。描き続けなくてはならない。
描きたい絵は、たくさんある。
それは、隣にいる大輝も、涼も──夕輝や、一紀、輝人も、きっとそうだ。
世界は、真っ白に輝いている。だから、自分の願うままに描ける。
そうして描いたものが、誰かの幸せになるといい──誰かと幸せになれると、いい。
唯央は、自分の中にいる命が、にっこりと微笑むのを感じた。
大輝は、唯央自身が煌めいた様に見え──繋いだ手を、しっかりと優しく握った。
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