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☆
「私は本当に、おまえの絵がわからなくて……」
少し前にも、ふたりでいる時に聞いたし──もう、何度も聞いた言葉だが、唯央は大輝の続きを微笑みながら、待った。
「ここに描いてある様なものが、この世の何処にあるかと思って、理解に苦しんだものだが…………ここにいる者達は幸せだな。皆、おまえの描いたものを見て、すぐに幸せそうな表情になっている。あんな子供も、だ」
唯央の描いた絵が、大小、展示される空間に、無数の人々が行き交っている。その中には大輝の言葉通り、小さな子供もいた。
数年がかりで夕輝の部門が手がけたアートプロジェクトは、大成功を収めた──。
いまでも、派生イベントなどで、日本国中……のみならず、世界各地で盛り上がっている。
今年は、この春から唯央の原画作品展が始まり──『武族』の無骨な男達でさえも、こぞって押し寄せていた。
彼らはほぼ例外なく、幸せそうな顔で会場を訪れ、その表情のままで帰って行く。
芸術に関心がない者でさえ、価値を認めた──唯央の絵は、『武族』社会だけではなく、この世界の新たな宝と言えた。
「……あっ」
巨大な会場の床に、全ての始まりとなった、『黄色い絵』が置かれていた。
透明なアクリル製の箱の中で展示されており、触れることは出来ないのだが──時折、誤って近づく者がいる。
特に子供には、すぐそこにある様に見えるらしく──いまも、小さな子がアクリルの壁にぶつかっていた。
「大丈夫ですか……?」
唯央が、ゆったりとした歩みで、その子供と親の元に着く頃には、一瞬の騒ぎも収まっていた。
「ええ、すみません……あっ?」
両親の片方……母親らしき方が、唯央の腹を見る。
「……赤ん坊が?」
唯央は、少し驚きながらも、頷いた。黙っていて、他人に気づかれたのは初めてだった。
「この原画展なら、いい胎教になりますね」
「──いや、ちょっと待て、この人は……」
ぶつかった衝撃で半べそになった幼子を抱いている父親の方は、唯央が作家本人であると、気がついている様子だった。
やがて、近づいてくる大輝に気づき──
「……あっ!?」
大輝は静かに首を横に振った。──特別な態度を取る必要はない、と、言外の微笑で伝える。
「この『黄色い絵』が、好きか?」
小さな子供にかけるには、まだまだ硬い声音だったが、父親に抱かれた子供は──
「……うん。すごくかわいかったから、さわろうとおもったの」
と、たどたどしい鼻声で答えた。
「あれ、珍しい。──この子、凄い人見知りで……初めて会った人にお返事できたの、生まれて初めてかもしれない」
「おい──」
母親の方は、大輝が何者か、まだわかってない様子だ。
大輝はスタンドカラーの淡い色のシャツを着て、とても穏やかな雰囲気だった。
以前の西王だった頃の大輝と比べると──すぐに気づかないのも無理はない。
「え……? ──ああっ!!」
さいおう、さま……と、声を伴わず、唇が動いていた。
「おとうさん、このひと、だぁれ……?」
「西の『武族』の王様だよ」
幼子だけに聞こえる小声で、父親が大輝の正体を教えた。
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