一 三輪との出会い

4/7
前へ
/30ページ
次へ
                  「キヅキ-カナタ、ちょっと……」  基地の一般職主任の男が、硬い顔つきをして、そう、声を掛けてきた。  同じ島出身者のよしみで、普段は、「カナター」と、名前で呼ばれているから、 「何でしょう?」  掃除道具が入ったバケツを持ったまま、カナタは怪訝そうに応えるしかなかった。  主任バッヂを付けた彼が近づいて来て、ひどく小さな声で言った。 「君に、『慰頼』が届いている」  その内容にも、カナタは戸惑うしかなかった。 「──えぇ?」  慰めを、頼む──ことを慰頼と呼ぶ。  それは、何かの用件を頼む『依頼』とは、まるで別物だ。 「まさか、慰めの方じゃないですよね?」 「慰めの方だ。だから、こんな小さな声で言ってるんだ」 「俺に? ……誰かと間違えているんでしょう」  カナタは手にしている掃除道具一式を持ち上げて見せた。自分は基地の一般職に、お情けで雇用してもらった、ただの清掃係だ、と。 「いや……君で間違いない。全世界報道されていた、ソラタ君の父親、なんて──君しか、いないだろう?」 「……それは、そうですね」  それなら、自分で間違いない。  そして、基地内で清掃作業中を見られて、というよりは、ナイトラウンジにいる時に見られて──の方が、考えられた。  カウンターから外に出たことはないが、見られる機会はあったはずだ。  こちらは会ったどころか見覚えすらない相手に、指名される可能性もあったのだ……。 「でも、俺がホストじゃないことぐらい、見たんなら、わかるでしょうに。一体、誰が?」 「──三輪特尉だ」 「は?」  主任が、ことさら声音を落としたので、よく聞こえなかった。 「三輪、特尉だ。……お会いしたこと、あるんだろう?」 「──あ」  ある。フルネームも、その漢字さえも知っている。  三輪──愼士朗。自分より三歳年下だが、いい意味での貫禄と気品が備わった、純日本人の男。 「あの三輪特尉が、どうして……」  ホストどころか、バーテンダーですらない裏方だと、わかっているはずなのに。  しかも、『慰頼』──慰めを頼む、なんて。  ──どういう意味かもわかっていて、なのか……?  ホストはラウンジで客と酒を飲み、会話をするが、『慰頼』で呼ばれれば、相手のプライベートルームに赴き、ベッドでも接客をする。……勿論、そういう意味での──。 「いや、無理っ……丁重に、お断りしてください!」  三輪の個室に赴き、会話できる自信などなかった。  ハイスクールの観光ビジネス科卒業程度の知性しかない自分に、特別な尉官様の相手は無理だ。  ──もし、体の方だとしても……それだったら、なおさら無理──! 「仲介人が伝えて、本人が直接、返答する、しきたりになっている。是でも非でも、それは君が特尉に伝えるんだ。──本日、夜〇九時に、個室に来る様にとのお達しだ。……今日は、〇五時の退勤だったか?」 「は、はい」 「では、普通に退勤して──時間までに戻って来て。守衛には話を通しておく」 「え、いや、でも……っ」 「逃げたり、遅れたら、懲罰があるからね。そんな失礼なことしないだろうけど……断るにしても、三輪特尉は温厚な人柄だから、ちゃんと説明すれば、わかってくださるよ」 「あ……はい」  温厚な人柄──なのは、少し話して傍で接しただけでも、よくわかっている。  ──そうか。ちゃんと、俺には分不相応ですって言えば、帰してくれるか……  さすが主任、うまく促してくれた。それに、三輪は主任の息子よりはるかに若いのに、そんな風に評される三輪も、さすがだとカナタは思った……。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

50人が本棚に入れています
本棚に追加