一 三輪との出会い

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                   定時に一旦、退勤すると、カナタはすぐに基地から病院へと直行した。  息子のソラタの入院は三ヶ月目に入り、この病室では、一台のベッドが欠けていた。眠り続けるだけの我が子を家に連れ帰る家族が出てきたのだ。  カナタは父子家庭だから、それは出来ない。  だが、基地に雇用されていれば、こうして日に数時間、傍にいることが出来る。民間で仕事をしていたら、これだけの時間を取るのは難しい。ましてや自分は、アルバイトでしか雇ってもらえない人間だった。  もし、どんな不遇があったとしても、この子が目覚めるまでは、基地で働いていたいと思う──。 「……今日は、また仕事に戻らなきゃならないんだ」  仕事と呼べるかはわからないが──『慰頼』などという呼び出しを受け、行かなくてはならない。  出来るなら、このままソラタの寝顔を見ていたい──そう思って覗き込んでいると、また、汗を掻いているのに気づく。  単に暑いからではないんじゃないか、と、思うことがある。  何か、悪い夢をみているのではないかと──いつか、医師に相談しようと思うのだが、「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」などと言われ、迷惑がられるだけの気もする。  何しろ、普通の眠りではないのだ。それでいて、眠っているだけ……寝言のひとつも言わないで。 「何か、寝言でも──言って欲しいよ」  ソラタの額にかかる黒髪を、横に掻き分けてやりながら、カナタは呟く。 「夢にも出てきてくれないで……お父さん、哀しいよ」  まるで、責めるみたいな口ぶりになってしまった。 「ごめんな、ソラタ──大好きだよ」  他人にも言われることがあるし、自分でも認めるが、あまり似ていない息子の寝顔にキスをする。  どんなに容姿が似ていないとしても、この天体で唯一の、自分の大切な肉親だった──…  カナタは、家族との縁が薄かった。二十歳までに、育ててくれた祖父母とも死に別れた。  母親は、物心つかないうちに出奔して行方知れず。父親は、この島を訪れた観光客の一人。名前も顔も、人種さえもわからない。  こんな生まれ、育ちの自分だからこそ、息子はちゃんと愛したいのだ──そんなことを涙ぐみ、考えながら、カナタは通勤用カートを、再び基地へ向けて走らせた。  三時間ほど前に通過した通用口から、また入る。  守衛は交替しており、別に変わった態度は見せなかった。主任が「カナタが『慰頼』されて戻ってくるから通してやって」などと言うわけもなし、こういう勤務だと思うぐらいか。  が、ロッカールームに入った時に、変わったことが起きた。  清掃係用の部屋なのに、ホストの男達が入ってきたのだ。  相変わらずキレイな容姿なのに、いやに険しい顔つきだったので、これは不穏な何かだとカナタは覚悟した。  ──ばんっ! と、ロッカーの扉が力任せに叩かれ、原始的な脅しから始まった。 「あんた確か、夕方、便所掃除なんかしてたよな? だったら、定時上がりのはずだけど、なんでまたロッカーにいんの?」 「……イレギュラーで、夜勤もすることになったんだよ」 「はあ? 誰に向かってタメ口きいてるの?」  掃除係ごときが、高級ホストにする言葉遣いではないと、また、カナタの隣の人のロッカーがぶっ叩かれた。 「ユウト、そんなことより本題だ。……今晩、ある士官が、ホスト以外の人間に『慰頼』をしたって話、聞いてる?」  まさか、本人に聞いてくるとは思わなかった。それで、素から驚いた顔をして、 「知りません。そんなこと、あるの?」  と、カナタは応えた。 「また、おまえ、タメ口……!」 「いい、島出身者だろう、この人。許してやれ。……それより、掃除係はいろんな場所に出入りするだろうに、本当に何も聞いてないの?」  若く乱暴なホストを諌めて、先輩ホストの方が尋ねてきた。  この男はラウンジで、白い蝶の様に振る舞っているのを見たことがあるなと、カナタは思いながら、 「わかりません。これから俺、士官様達の個室清掃の最終チェックに行かなくちゃならないんです。遅れたら、貴方がたにそう質問されていてって、報告することになりますけど」  と、言うと…… 「あー、わかった。……その、士官の個室に行った際に、何か知ったり聞いたら、すぐに教えて欲しい。御礼はするから」 「はぁ……」  実は俺でした──けど、ちゃんと断って来ました!   ……などと、後で教えたら、どんな礼があるのだろう──カナタは通路を急ぎ足で抜けながら、そんなことを思った。  ──よっぽど、ホストが選ばれなかったのが許せないんだろうけど……ひどかったな。  ホストの中から選ばれても、それはそれで寵愛争いが勃発したりするのだろう。  ──男が男を取り合うとか、男同士の性愛なんて、俺には考えられない……。  自分には守らなければならない者、息子のソラタがいる。  関わらないでおこう──あらためて、そう決心した。
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