プロローグ

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 窓の外には、亜熱帯ではよく見られる樹木──この島では「ガジュマル」と呼ばれている──が、天に手を広げる様に生い茂り、葉の向こうの眩し過ぎる陽光を遮っていた。  まるで、この部屋で眠り続ける子供達を守るみたいに……  ここは、白い壁際に二台のベッドが向かい合わせに置かれている、計四床の病室だった。  それぞれに栄養補給の点滴を繋がれた、五~六歳の幼児が眠っていた。  その中の、枕元に『キヅキ-ソラタ』とローマ字表記されたベッドに寝ている子供の顔が、テレビ画面いっぱいに映る。  取材されている島──ワオウ島は、大昔に日本国の領土だった。そう見れば、確かに日本人らしい、明るい黄色の肌と黒髪の男の子だった。 「お昼寝しているだけ、みたいでしょう」  ソラタ君の父親らしい音声が入る。心底、子を思っている情が伝わるから、そうと判るが──画面に映った姿だけ見たら、この子の父親には見えなかった。  まだ若く、地毛か染めているのか分からないが、すいぶん明るい茶髪で、顔立ちも現代ではよくある、いろんな人種を混合した容貌だった。  そのせいか、中性的でもある。細い眉を寄せ、その下の目を息子に向けて、 「でも、一ヶ月半も眠ったままなんです」  と、ひどく寂しげに呟いた。  ──遠足で訪れた島で、通称『GM(ジーエム)』に遭った所為だった。  世界共通の脅威を指す名称──the(ジ) great(グレート) merciless(マースィネス)、略して『GM』。訳すると、『偉大なる無慈悲』……という意味だ。  突如、巨大な光体が発生し、光を浴びた人間が死ぬ現象──まるで神の審判を受けたかの如く、品行方正とは言い難い、主に大人が死ぬので、そう呼ばれるようになった。 『十五人の眠れる子供達』『ナヨ島遠足幼児GM遭難』と、世界的にも報道されている今回の件でも、そうだった。  GMの光によって、引率の大人二名が死亡、生き残った一人は脳にダメージを負って入院、もう一人は鬱病で休職中……密かな話、日頃の行ないと鑑みたら、死んだ者はそれ相応だったと囁かれている。その噂を聞いて、心を痛めて病んでしまう人間が生き残る──本当に、GMは無慈悲だった。  そして、十五人の子供達は死にこそしなかったが、全員が昏睡状態に陥った。脳などに異常はなく、ただ眠っているだけなのだが、目覚めない。  島の伝統行事で出かけての被災だった為、現在のところ島費で入院している。  そのことを、ソラタ君の父親である、キヅキ-カナタは、取材されているのだった。  その後は、報道機関側が用意した質問に答えさせられるかたちになり── 「GMは世界中どこでも発生しますが、何故、世界統合軍基地のある、このワオウ島の近くで遭難したかを疑問に思いますか?」 「この精神的苦痛、経済的負担に対し、行政や基地へ責任追及する意志はありますか?」  という言葉に対し、カナタは曖昧に首を傾げるしかなかった。  その様子すらも、カメラは容赦なく撮影し続けていた。  それで仕方なく、何とか自分の意思から出せる回答を、カナタは口にした。 「──基地に近いということはともかく……無人島のナヨ島で、どうしてGMが起こったのかは、不思議に思います」  事実、GMは犯罪件数が多い地域、即ち都市部で頻繁に発生し、過去数十年間で大幅な人口減があり──世界各地の街が死んだ。  いま、この天体上にあるのは、概ね善良な市民が集まる小規模の町、或いは軍基地だ。正体不明の敵に向け、約四十年前に全世界で統合された軍が結成されたからだ。  この島にも、その基地はあり──GMに対して恐ろしく無力な機関だと、厳しい声を上げる者もいる。  だが、GM発生直後、自分達も死ぬリスクのある場所へ、救助艦などで駆けつけるのは、世界統合軍だけなのだ。  長く密に被災地にいるうちに、心身にダメージを負ったり、激しい頭痛や窒息に似た症状で死ぬなど、GMの余韻で二次被災があることは、もはや常識だ。それでも、世界統合軍は、全世界の人の為にあってくれるのだ。  カナタ自身は、軍を尊敬している。 「もし、ソラタ君が目覚めたら、なんと声をかけてあげますか?」  最後に取ってつけた様にも感じられる言葉に対し──父親の顔で、カナタはこう答えた。 「本当は、『ソラタ』という字をイメージして付けた名前なんです……」  画面に『宙汰』という字が、編集で足されて出る。  旧日本地域では使われなくなりつつある、漢字だった。 「まだ難しいと思って、伝えてなかった……でも、目を覚ましてくれたら、そのことを教えてやりたい」  そして、どんなに自分が唯一の家族である息子を愛し、かけがえがないのかも──…
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