1 望んで堕ちる、簡単に

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1 望んで堕ちる、簡単に

地下鉄の階段を上がりきり、駅構内と外との気温差で一気に汗ばんだトモミは、トートバッグからハンドタオルを取り出して、軽く額に当てた。 時刻は20時を半ば回った頃、赤坂見附の街は意外なほどに喧騒とかけ離れていたけれど、アスファルトからの熱気が恨めしいほどに暑い。メイクを崩さないように、パタパタと汗を叩いて。さて、とスマホをデニムのポケットから出す。ナビタイムの出番だ。 (案外近いんだ) 徒歩のルートを表示させたが、どうやらここの出口から、目的地は道なりで6、7分と言ったところらしい。熱帯夜の街は、あまり好んで歩きたくない。トモミはふぅ、と一息ついてから。普段だったら絶対にしない、歩きスマホをする。 (この交差点は、まっすぐでいいのか) ついつい視線はスマホに落ちるが、ふと見上げた先に交番があった。ゾクリ、と背筋に震えが走る。 (大丈夫。なんにもしてない) それでも、挙動不審にならないか。ついつい交番の中を意識してしまう。大丈夫。なんにも悪いことなんてしてない。ぐっと背筋を伸ばしてみる。お世辞にも豊かとは言えない胸のふくらみが、キャラTスヌーピーの表情を軽く歪ませた。 (お疲れさまです) 詰めている婦警さんに、こころの中でご挨拶。それが逆に、トモミの心細さを増す結果になった。大丈夫、だいじょうぶ。いざとなったら、裸足ででも駆け出して、ここに助けを求めに来ればいい。 悪いことなんて、なんにもしてない。 望んではいるけど、堕ちてなんてない。 まだ、いまは。
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