勇者の旅立ち

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勇者の旅立ち

 その日、光が空を切り裂いた。  遠く離れた魔国の王城からも目視できるほどのまばゆい黄金の輝きが柱となって空へと昇り、次第に薄れてゆく。  方角は人国の王都。あの光は聖剣が抜かれたという証だ。 「……勇者が現れたか」  魔国の王城、その玉座に座りし大柄の男は、深紅の瞳でその輝きを鋭く睨み付けていた。  勇者と魔王の戦いが今、始まろうとしている。  時と場所は変わって、あれから数日後、人国の王都"エリシオン"から少し離れた街。  街の名は"ケテルスカ"と呼ばれており、王都からさほど離れていないことから第二の城下町とも呼ばれている。  街並みは王都と同じような白を基調とし、ほぼ同じくらい賑わっていた。  そんなケテルスカの王都との違いは、主な住人とやってくる者の種類だ。  この街には通称冒険者ギルドというものがある。  元々は王都を魔物から守護するために立てられた街であるため、冒険者や傭兵、騎士の集う街として発展していたものだ。  そこから自然とそれらを統括するために発足したのが冒険者ギルドである。  そのため、この街の主な住人は冒険者や商人だ。ちなみに、騎士は一部を除いて王都へ移住していったため、かつてよりは少なくなっている。  そんな賑やかな街並みを、時折外に出されている商品に目を奪われながら勇者は歩いていた。  彼の名は"ライト"。  その名の通り、太陽の光を受けて煌めく短い金髪を歩調に合わせて揺らしながら、珊瑚礁のような碧眼をせわしなく動かして何かを探している。 「うーん、流石に真昼間から酒場に行っても人は居なさそうだよなぁ」  なんとか目当ての酒場を発見したが、現在時刻はちょうど十二時。本人がぼやく通り、こんな時間から酒場に入り浸る人は少ないだろう。  ライトは、悩む仕草をしながら数分間店先を何度も往復し、そして決心して扉のドアノブを握りしめる。  だが、酒場は営業時間外であった。 「……先に旅の道具と宿を確保しよう」  王に「旅の仲間はケテルスカの酒場で集めると良い」と言われ、そのまま街についてから真っ先に探してしまったのだが、冷静になってみれば当たり前の事であった。  ギルドで仲間を探すという手もあるにはあるが、そのためにはギルドに所属している必要がある上に諸々ノルマなどの制約があったりと面倒だ。  旅の資金を集めるには便利な組織だが、彼の旅は進むにつれて人間の領土から離れていくことになる。  旅の後半では魔族の領土に入るため、利用できない上に、ノルマの達成や報告が不可能になっていく。  そう脳内で結論づけた彼は、旅に必要な道具や保存食を買い集め、改めて夕刻に酒場へ向かった。 「武器を買う必要がないお陰でいくらか資金が浮いて助かったなぁ」  想像以上に旅道具が豊富に揃っていた店の数々に目を輝かせながらひたすら買い物をしているだけで、気が付けば辺りは暗くなっていた。  昼間通った道をなぞって到着した酒場は、既に灯りがついていた。仲間を探すついでに酒を楽しむ余裕ができたぞ、と笑みを浮かべながら入口の扉をくぐる。  店の中は早くも大勢の冒険者や他所から来た旅人らしき者たちで賑わっていた。  ここは新しく冒険者ギルドに入るつもりの者がパーティーメンバーを探したり、冒険者同士の情報交換などによく利用されている酒場だ。  店内はやや暗めだ。情報交換に使われることもあるからか、厄介事を避けるためにもハッキリと互いの顔を認識できないようにされているらしい。  普通の酒場にはない独特の雰囲気に驚きながらも、一先ずはカウンター席につく。  するとすかさず店員が声をかけてきた。 「いらっしゃいませ。新しい仲間をお探しですか?」 「あっ! はい。そうです」  突然の事に面食らいながらも頷く。まさか「ご注文はいかがですか?」ではなく「新しい仲間をお探しですか?」と聞かれるとは思ってもみなかったライトは、落ち着かなそうに頬を掻いてはにかんだ。 「よくわかりましたね」 「これが仕事ですから」  微笑みと共に返された言葉に素直に感心しながら店員の説明を聞く。どうやら希望する人物の特徴などを書いて渡すと、来店している人の中から該当する人物を紹介してくれるサービスもあるらしい。  なるほど確かに、この酒場で探すようにすすめられるわけである。早速手数料を支払い、紹介してもらうことにした。 「ちょうど本日来店されたお客様に旅の仲間を希望される方がいらっしゃいますよ」  渡された紙によると、目的地は特に無し。旅が目的だとか。それならばちょうど良いので話を聞いてみよう、と紹介してもらうことにした。 「旅の仲間を探しているというのは、君か」  店員が呼びに行った人物を待つ間、果実酒を頼んでちびちびと飲んでいるライトへ、ふいに低い声が落とされて思わず勢い良く振り返る。  声の主を視界に入れた瞬間、ライトは小さく息を飲み込んだ。  夜を切り取ったかのような艶やかな黒髪に、意思の強そうな切れ長の瞳から覗く深紅の虹彩がランプの明かりに照らされて揺れている。  美しい。  顔立ちもまるで神話が描かれる絵画のような精悍さで、野生動物を思わせる引き締まった肉体、背負っている大剣の大きさから彼の実力も伺える。  何より、彼は"自分よりも体格が非常によかった"。  思わず立ち上がって彼を凝視してしまう。ライトからの妙な視線を受けながらも、彼はチラリと腰に佩いた剣を一瞥するだけで特に不快に思う素振りは見せなかった。  それを良い事にその逞しい肉体をまじまじと眺めて内心強くガッツポーズを決めた。いや、いっそ歓喜のあまり跳び跳ねていた。脳内でだが。 (最高に、ドストライク!!)  そう、勇者は筋肉フェチであった。  それはもう、これ以上なく。どうしようもない程に、性癖を拗らせていたのだ。 「……どうした?」  一人で内心喜びにうち震えて何も言わないライトに対し、流石に怪訝な視線を向け始めた男の手をがっしと掴み、興奮を抑え込んで眩いばかりの笑顔を浮かべながら口を開く。 「あなたのお名前は? 職業は剣士ですか? 旅は何処まで行く予定ですか? もしよければずっと一緒に旅をしませんか? 好きな食べ物は何ですか?」 「待て、一気に捲し立てるな」  怒涛の勢いで迫るライトに面食らって一歩足を引きながら尚も続けようとした質問の嵐を遮る。  はたと正気に戻り「すみません」と謝るライトを座らせ、彼も隣に座ると自分の分の酒をオーダーした後、考える素振りをしながら一つ一つ律儀に回答を始めた。 「私の名前は"ガイア"。職業は剣士、旅の行き先は決めていない。好きな食べ物はリンゴだ」  まさか全てに回答してくれるとは思わず、見かけによらずリンゴが好物なのか、目の色もリンゴみたいだなどとライトが思考を飛ばしている間に、正面へ向いていた彼、ガイアが此方を向いてライトと視線が絡み合う。 「ずっと一緒に旅をするかは…君次第だが」  などと。微かに笑った姿に思わずドキリとする。  此処はそんな店ではないしそもそも"旅の仲間"になるかどうかの会話であるはずなのに、違う意味の会話に聞こえてしまって無意識に唾を飲み込んだ。 (変な妄想をするな、俺! 相手がいくら好みだからって、あわよくばなんて思ってるからって変な妄想をしてはいけない!!)  折よく届いた酒を手に取り、軽く煽ってから自己紹介をする。  自分の名前、旅の目的。ガイアの落ち着いた雰囲気がそうさせたのか、いつの間にかこれまでの経緯まで自然と話していた。 「そうか」  一通り話し終えると、ガイアはぽつりと一言溢して目を伏せた。 「実のところ、私は旅が目的だ。目的地は君の行きたい所で構わない」  そう言って差しのべられたガイアの手を見た瞬間、ぱっと表情を明るくしたライトは両手でそれを握った。 「ということは……!」 「勇者の旅路が見たくなった。私で良ければ旅の仲間に入れてくれ」 「喜んで!!」  こうして、勇者の仲間に(すごく好みの)剣士が加わったのだった。
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