商人の街セットコクマ

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 剣を交える事に夢中で気付かなかったが、周囲の木々や建物に影が落ち、すっかり日が暮れていた。  夕方のセットコクマは街灯に光が灯り、昼間とはまた違った様相を見せている。  専門店が建ち並ぶ商店街の道沿いに沢山の出店が並んでいた。  辺りから漂ってくる食べ物を焼く様々な匂いに空腹を刺激された二人は足早に宿屋へと向かう。 「ドロボーだ!!」  不意にそんな叫び声が街中に響き渡る。声のした方を見てみれば、ヒョイヒョイと身軽な動きで人混みを縫いながら此方へ向かってくるバンダナの若い男が目に入った。  袋を脇に抱えている姿を認めたライトが自然な動作で彼の軌道上に足をつき出す。 「おっと、残念賞~!」  そんなライトの足掛けを曲芸のような動きで避けた男がケラケラ笑いながら走り抜けていく。  ムッとしたライトが追い掛けようと脚に力を込めた瞬間、一連の流れを横でみながらさりげなく足元の石を拾っていたガイアが、その石を男に向かって勢いよく指で弾き飛ばした。 「ほぎゃっ!?」  見事男の後頭部をズビシ!と石が強打し、情けない声をあげて男がすっ転んだ。すぐさま追い付いた警備兵がバンダナの男を取り押さえる。  半目で男を一瞥したガイアに対し、ライトはやや同情の眼差しを向けながら脳内で警備兵にもみくちゃにされる男へ合掌した。  宿屋につくと、こちらも食堂からいい匂いを漂わせていた。  入り口に置かれた黒板の手書き感満載なメニューを見てみると、本日のディナーは高山育ちの牛肉をふんだんに使ったビーフシチューであるらしい。  メニューを見て目を輝かせたライトが落ち着かない様子で素早く席につく。 「好物なのか?」  あまりにもわかりやすい反応だったので思わず聞いてしまいながら、ガイアも正面の席についた。  向けられた質問に、ライトはわかりやすかったですか、と恥ずかしそうに笑って頬を掻く。 「顔に出ていた」 「うっ」  ライトはポーカーフェイスに自信があった筈だが、簡単に読まれてしまうほど気を緩めていた事に反省しながら表情筋を手で揉んでいると、ガイアが此方をじっと見ている事に気が付いて顔を上げる。 「それで、先程の話についてだが」 「……あぁ。勇者について知りたいという話ですね」  頷きながらライトは何について話そうかと考えていると、ガイアから「私の質問に答えてくれれば良い」と言われたので質問を待つ。  ガイアは暫し考えてから視線を聖剣へと向けた。 「聞いたことのない魔法や技術を扱っているが、何処で知った?」  失われた筈の魔法"インビジ"を筆頭に、収納魔法、そして"契約"。  契約とは、ガイアに施したマーキングの事である。もたらされる効果からガイアがそう仮称した。  それらはどれも現代の人間にはオーバースペックのものだ。 「聖剣の使い方を熟知しているようにも見受けられるが……」  ガイアからの問いにどう答えるべきか整理していると、店員がやってきてライトたちの目の前にビーフシチューが置かれた。  お辞儀をして去っていく店員に礼を述べたライトは、ガイアへと向き直り口を開く。 「……聖剣を抜くと、聖剣の使い方が頭へ直接入ってくるんです」  いや、どちらかといえば頭に書き込まれるというのが正しいのかもしれません。  告げられた話の内容をなんとか噛み砕いてライトの身に起こっている現象を理解したガイアは、確認を取るように問いを重ねた。 「レベルが上がると使える魔法が増えるのもそのためか」 「はい」  うっすらと笑みを浮かべて肯定したライトは、冷めない内にとスプーンを握ってビーフシチューを食べ始める。  数回口に運んでから思い出したように「あっ」と溢すと、口の中のものを飲み込んで言葉を続けた。 「でも、難しい魔法だったり複雑な機能は大体聖剣が自動でやってくれたりもしていますね」 「あの結界か」 「はい。それと、ガイアさんに施したマーキングとかも聖剣がほぼ細かい調整をしていました」  俺はただ聖剣を介して魔力を流してただけです、と語るライトの表情に何処か虚ろな印象を抱かせる。浮かべているのは笑顔のはずなのに。 「……聞いてすまなかった」  謎が1つ解明されたところでひとまず満足したガイアは、ライトに一言謝った。  突然謝られて面食らうライトを尻目に、ホカホカ湯気を立たせるビーフシチューを一口頬張る。  シチューの濃厚な味わいとよく煮込まれた牛肉が舌の上で甘く蕩けて実に美味しい。そんなことを片隅で考えながら、ごくりと飲み込んで言葉を続けた。 「あまり言いたくないという顔をしていた」 「……俺、そんなにわかりやすいですか?」  顔に出ない方だと自分では思っているつもりなのですが。この短時間で思考を読まれるのも二度目となると、流石にショックだったのか、そう聞いてくるライトにガイアはフ、と吐息を溢して笑う。 「いいや。どちらかといえばわかりにくい方だ」 「それなら」 「朝から晩まで、何日も共に過ごしていれば多少はわかる」 (俺はガイアさんの考えている事がまだあまり読めないんだけど……)  ガイアは笑顔を貼り付けるライトとは別種の表情の読めなさだ。  とにかく表情が常に平静で保たれている。時折思わずといった様子で違った表情を見せる事もあるが、変化自体が微かなものが多かった。  それらの小さな変化を見逃すまいと常に注視してしまうのは、ガイアの事を少しでも知りたいというライトの涙ぐましい努力そのものだ。 (……でも、初日から比べたらよく笑うようになった気がする)  今だってそうだ。微かに口元を緩めて笑っている。それに、今日は新しい表情も見る事ができた。  あの挑発するような闘志にギラついた目。普段歯を見せずに笑う彼が珍しくも一瞬だけ覗かせた牙。どちらが彼の素なのだろうかと、ライトは謎の多いガイアに想いを馳せた。
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