学術山間都市ノウレッジ・ビナー

2/3
412人が本棚に入れています
本棚に追加
/283ページ
 あれから、声に導かれるまま近くにあった昇降機に乗ったライトたちは、昇降機が上へ到着するなりやってきた二人の警備員に詰所まで連行されていた。 「いやぁ、まさか勇者ご一行様であったとは!」  難しい顔をした数人の警備員に囲まれながらなんとか事情を説明したライトに向けられたのは、特に悪びれた様子のない警備員の笑い声だった。  ある意味登山よりも疲労が蓄積するのを感じる。聞き覚えのある大きな笑い声の中、二人の心は完全に一致していた。  絶対に、歴代の勇者たちは此処で同じ問答をしていたに違いない。  学術山間都市ノウレッジ・ビナー。  各地の学者や魔術師が集まり、知恵と知識と学問を研く特殊な街は、その特性から変人が集まりやすかったのである。  何事もなく聖地に入れるだろうか……とライトが先行きを不安に思っていると、廊下の方が騒がしい事に気付く。  間もなくして、バン!と勢い良く扉が開かれると、二人の男女が詰所に押し入ってきた。 「たのもー! じゃなかった。話は聞かせてもらったわ!!」  二人のうち、背の低い方……オレンジ色の短い髪を元気に跳ねさせたローブに短パン姿の少女が、見た目にそぐわぬ大きな声で宣言する。  フンスと何やら自信に満ちた表情で腰に手をあてふんぞり返る少女の後ろから、神父を思わせるような長いローブを着た長身痩身の青年が控え目に顔を出してお辞儀した。 「すみません~、突然お邪魔してしまって」  勇者が来たと聞いたので、とやや間延びした声で謝る青年は、走ってきたのかずり落ちた丸眼鏡の位置を直す。  見事に対照的な二人の襲来に、驚いて言葉を失うライトの元へ少女がつかつかと近付いてゆく。  しばらく呆然としていた警備員は、ハッと正気に戻って少女の首根っこを掴みヒョイと持ち上げた。 「ぐえっ」 「またお前たちか! エリス、カイム!!」 「あーあ。やっぱり怒られた」  カイムと呼ばれた男が怒涛の勢いで説教を始めた警備員に対し他人事かのような口調で苦笑する。  ぽかんとしているライトたちの傍へこっそり近付いたカイムは、口元に手を添えて耳打ちするように声を潜めた。 「勇者様ご一行ですよねぇ。お願いしたい事があるので、また後でお会いしませんか?」 「えぇと……?」 「ワタクシ、カイムと申します~。説教が終わったら此方から会いに行きますので」  ライトが返答に困っている間にも話を進めたカイムは、元々笑っているように見える糸目を笑みの形に緩めながら「また後程~」と言い残し、別室へ連行されていくエリスの後を追って去っていってしまった。 「……なんだったのでしょうか?」 「…………さあな……」  嵐が去った後のような部屋に取り残されたライトとガイアは、二人が訪れる前には街に入る許可をもらっていたので、残っていた警備員に挨拶をして一先ず宿を取りに行くべく部屋を後にする。  後で勝手に居なくなった事へあの声が大きい警備員に文句を言われそうだと一瞬考えなくもなかったが、妙な疲労が蓄積していた二人は一刻も早く休みたい気持ちでいっぱいだったので、これはもう仕方がない。  やっとの思いで宿の部屋に到着したライトは、疲れきった様子でベッドに倒れ込んだ。 「聖地に入る許可、何事もなくとれたらいいけど……」 「む。今回は許可が要るのか?」  溢れた言葉を拾ったガイアの反応に、ライトはゆっくり身を起こして棚の上に置いていた鞄から地図を取り出す。  ガイアが傍らにやってきて広げた地図を覗き込んだ。 「俺たちが目指している聖地がこの山にあるというのは説明しましたね」 「あぁ」  現在地である山を指差してガイアに確認をとる。迷わず頷いたのを見て、その指を山の中心に滑らせた。 「聖地は、山の中にあるんです。その入り口を管理しているのが、この街ということですね」  ライトの説明を聞いて興味深げに頷いたガイアは、ちらりと視線を窓の外へ移す。 「……む?」  その入り口はどのあたりだろうかと聞くつもりだったガイアは、ふと窓の外側の縁に居る小さな生き物に目がとまる。  急に外を見たガイアに釣られたライトがそちらへ目を向けると、縁にとまっていた生き物が窓硝子を前足でカリカリと引っ掻き始めた。まるで入れろとばかりの仕草に二人は顔を見合わせて窓を開ける。  迷わずするりと部屋に入ってきた生物の姿は、全身を青い鱗に覆われ背中に翼を生やした四足歩行の小動物……ドラゴンの幼体だった。  キュイキュイと鳴きながら部屋を自由に闊歩する仔ドラゴンを目で追う二人は、珍しいものを見たといった気持ちで観察を続ける。 「迷子だろうか?」 「この山付近にドラゴンの生息地があるとは聞いたことがないですね……」  観察する二人の視線を気にもとめず、棚の上に置かれていた鞄に鼻を押し付けてクンクン臭いを嗅ぐ仔ドラゴンに、ライトはつい「図太いやつめ」と呟く。  ついには前足の爪でカリカリとほじくるように掻き始めたので、見かねたガイアがそっと腹の下に手を入れて持ち上げた。 「こら」  幼体でもドラゴンはドラゴン。鞄に傷をつけられても困る、とたしなめるように叱ったガイアは、しゅんと大人しくなったドラゴンを抱えながら先程掻いていた鞄から保存食の干し肉を取り出す。  途端にはち切れんばかりに尻尾を振って期待に目を丸くするドラゴンの口元に持っていく。  嬉しそうに勢い良く食べ始めたドラゴンを見て、一息ついたガイアの明らかに手慣れている手腕にライトは呆然と見ているしかなかった。 「すご……」  ライトが言葉を紡ごうとした瞬間、突如部屋の扉が勢い良く開かれる。 「ん?」  何処か既視感のある状況だと頭の片隅で考えながら二人がそちらを見ると、見覚えのある男女が仁王立ちしていた。 「見つけたわよ!」 「どうも~、お待たせ致しましたぁ」  疲れがどっとぶり返した気がして、ライトは反射的に笑みを貼り付けた。
/283ページ

最初のコメントを投稿しよう!