学術山間都市ノウレッジ・ビナー

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 夢中で干し肉を食べていたドラゴンが部屋の入り口に立つ二人の侵入者を目にすると、食べかけの干し肉を器用に前足で抱えながら二人の元へ翼を羽ばたかせて飛んでいった。 「おやおや、ご飯を貰っちゃったんですか~?」 「プキュ」 「うちの子がすみませんねぇ」  二人いる侵入者のうちの一人、カイムは干し肉を見せながら何やらプキュプキュ鳴く仔ドラゴンと会話をするように一言二言交わすと、真っ直ぐガイアを見て礼を述べる。 「気にするな……いや待て、それよりも勝手に部屋に入ってきた事を気にしろ」  つい首を振りかけたガイアがはたと正気に戻ってじとりと二人を睨んだ。 「それについては申し訳ありません……」  ほら、謝りましょう。とドラゴンを肩に乗せたカイムが隣で仁王立ちしている少女を促す。はっとして慌てながら頬を染めた少女……エリスは勢い良く頭を下げ、すぐに顔をあげる。 「あなたたち、勇者様なのよね!? お願いがあるの!」  何やら事情がありそうだ。ガイアとライトは顔を見合わせた。  あの後、とりあえず二人を椅子に座らせて備え付けの紅茶を全員に用意したライトは、改めて二人に向き直る。 「お願いというのは?」 「勇者のパーティーに加えて欲しいの。あたしたち、強いわよ?」  すっかり調子を取り戻してどや顔でふんぞり返るエリスの突拍子もない話に、後ろで紅茶を飲んでいたガイアが小さく噎せた。 「それはまた……理由を聞いてもいいですか?」  困惑したライトの問いにエリスとカイムは顔を見合わせる。 「ワタクシたちは、神話とそれに関わる遺跡や聖地の研究をしているのですが……見ての通り二人揃って魔法使いタイプでして」 「現地を調査しようにも、魔獣だらけの場所へ前衛も連れずに行くわけにもいかないでしょ? そのせいでなかなか研究が進まないのよ」  彼らが言うように、どちらもお世辞にも良いとは思えない体格や、身に纏ったローブからして肉弾戦よりも魔法が得意であるように見える。 「勇者の仲間になれば、前衛をゲットできてしかも聖地巡り放題!」 「勇者と聖地には密接な関わりがありますから、貴重な体験間違いなし!」  一石二鳥どころじゃありません~。一石三鳥よ! と笑う二人は楽しげだ。  彼らの動機になるほどと納得を示したライトは、どうしようか悩む。  明らかに変な人達だ。  しかし、この街に来る直前に実感したが、遠隔攻撃が得意な仲間は欲しいところでもある。  ライトが悩んでいる事を察したエリスが、身を乗り出して悪い笑みを浮かべながら一枚の紙を見せ付けてきた。 「あたしたちを仲間にすれば、聖地に入る面倒な手続きを全部すっ飛ばせるわよ?」  ほれほれ、と目の前で通行許可証をひらひらさせたエリスのとどめの一押しに負けたライトは、二人を仲間にする事を決めてしまった。 「あたしの名前はエリス。"エリス=スペルスフィア"よ。攻撃魔法が得意だわ」  契約の儀式をする際、自己紹介を挟んだエリスは聖剣を挟んでライトの手をとった。  重ねられた手にライトは一瞬躊躇いを見せるが、すぐに迷いを振り払って「よろしくお願いします」と返し魔力を流し始める。  何となく契約の様子を直視できずに背を向けたガイアの耳に、ライトのカイムを呼ぶ声が届く。  一瞬で終わってしまった儀式にやや驚いてライトの方を見ると、契約を終えたエリスが興味深げに儀式を始める二人を凝視していた。 (私に掛けられたマーキングと少し違う……?)  エリスに流れるライトの魔力を視たガイアは、違和感に首を捻る。  ライトの魔力が全身に溶け込んだガイアとは違い、胸のあたりに温かくライトの魔力が留まっていた。 「なるほど~。こんな感じなんですねぇ」  同じように魔力を貰ったカイムが繋いでいた手を離してメモをとり始める。やはりエリスと同じ魔力の留まりかたをしていた。 (違うのは私の方なのか?)  契約の際に身体が抵抗したからだろうか。そう悩んでいるガイアをよそに、カイムも自己紹介を始める。 「ワタクシは"カイム"と申します。こちらの子はパートナーの"ルピィ"」 「キュイ!」  カイムの自己紹介に合わせて元気に挨拶した仔ドラゴンのルピィを撫でる。 「特技は、治癒魔法と召喚魔法です~」  聞き慣れない魔法の名前にライトが目を丸くする。その様子を気にした風もなくカイムが「マイナーですからねぇ」と笑った。  召喚魔法とは、特定の生物と血の契約を交わして自分の代わりに戦ってもらう魔法体系の名前だ。  特殊な魔方陣を用いて世界の何処に居ても契約を交わした生物を召喚することができる。その特徴から召喚魔法と名付けられた。  召喚魔法の源流は、元を遡れば魔族の魔獣を従える能力に辿り着く。  魔力を通じて獣と意志疎通をとり、共に生きる。そんな魔法だ。  カイムから一通りの説明を聞いたライトが感心したような声を溢す。 「こいつ、半魔なのよ」 「魔力と耳が尖ってる事以外、殆ど人間ですけどねぇ」  疑問点を口にしようとしたライトを先回りするように言ったエリスは、気にした様子もなく笑うカイムに肩を竦めた。 「半魔か……珍しいな」  ふむとカイムへ注目したガイアの言葉に、エリスは「この街じゃそうでもないわ」と事も無げに言う。 「頭がよかったり魔力が高かったりすれば、どんな奴だって歓迎しちゃう街だもの」  思っていたよりもこの街は特殊な場所のようだ。ライトは内心そう呟いた。
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