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「ガイアさんの宿はどちらですか?」
あれから幾つか話し込んだ後、揃って酒場を出たら自然と口をついて出て来た言葉に、ライトは内心「ん?」となった。
(いやいや、特に深い意味はない。断じてない!)
あまりにもガイアが好みであるせいで妙な妄想をしてしまいそうになる自分を落ち着かせながら、彼の返答を待つ。
ちなみに、ライトは内心の動揺を全て一切顔に出していない。ポーカーフェイスは得意であった。
「いや……まだ決めていなかった」
何故かたっぷり間を開けて答えたガイアに、一瞬警戒されたのかと思ったが、雰囲気から察するに今思い出したかのようだ。
それなら同じ宿にしましょう、と笑みを浮かべたライトのポーカーフェイスは完璧だった。内心は既にいっぱいいっぱいだったが。
そんなライトを特に怪しむこともなく頷いたガイアは「互いを知るのに丁度良い」と納得した様子だった。
(その日の内に旅立つのかと思っていたが、失敗したな)
ライトの話す雑談に短く相槌を打ちながら、ガイアは内心少し落ち込んでいた。
元々、勇者の仲間になるつもりで酒場で待機をしていた彼は、宿をとる必要はないだろうと判断してとっていなかったのだ。
そう、彼の目的は勇者の仲間になり共に旅をすることであった。
(勇者ライト……か)
楽しげに微笑みながら話をするライトの顔を観察する。
勇者とはどんな者なのか、実際に会うまでの間に色々な想像をしていたが、少しガイアの予想から外れていた。
歴代の勇者たちと同じく、青臭くも情熱の迸るような少年を想像していたが、彼は違っていた。
夜でもきらきらと煌めく光属性を象徴するかのような金色の頭髪に、深い海を思わせる碧眼は勇者らしく眩しい色合いをしている。
そして、綺麗に整った顔立ちは神々が直接手掛けて創ったかのようで、微笑むだけでも人々から好かれるだろうことは想像に安い。
そこまでは歴代の勇者たちと似通った部分はあった。だが、確かによく笑い、明るい男であるが"無条件に人懐っこい"という気配はしなかった。
勇者という生き物は、生まれる前から勇者であることが運命付けられており、そして無条件に人を愛すような魂の持ち主であった。
でなければ、勇者という"役割"に支障が出るからなのだが、彼はどこか達観した雰囲気を纏っていた。
安易に内側には踏み込ませないといった気配を、彼の笑みから読み取ったガイアはライトという男に興味を持つ。
(勇者ライト。旅の果てに"私と"戦う運命の男。お前がどのような人間なのか、見定めさせてもらう)
あれから宿につくと、他に空き部屋がないと言われてしまい、一人部屋に二人で泊まる事になってしまった。
「すみません…」
「いや、元々は宿をとっていなかった私が悪い。気にするな」
しゅんとしているライトに対し、むしろ助かったと励ますガイア。
二人は今、大きな問題に直面していた。
「この部屋を借りたのは君だ。君がベッドで寝るべきだろう」
「いやいや、会って早々そんな無体なことはできませんよ!」
「だが…」
そう、どちらがベッドに寝るか問題である。
元々一人部屋でライトが借りた部屋なのでベッドは一つしかなく、そして一人用のサイズだった。
互いに遠慮しあってかれこれ十分は経とうとしている。
しかし、そこでライトが言い淀みながらも決定的な言葉を口にした。
「ガイアさんの体格じゃ、ソファは無理だと思うんですが……」
「それは……そうだな」
備え付けのソファに視線が集まる。どう見てもライトでなんとかギリギリの大きさだ。
床でも構わない、とガイアは更に言おうとするが、先読みしたライトが発言をする前に「駄目です」と封じた。
「……わかった。それならば私が風呂に入っている間だけでもベッドで休んでくれ」
「それなら…助かります」
渋々頷いたガイアからの交換条件にライトが頷いて一先ずはこの不毛な争いに終止符が打たれた。
ライトがベッドに寝転んだのを確認したガイアが浴室に消えていく。
(これはマズイ!!)
隣から聞こえてくる水音に全神経が集中するのを感じながら、ライトは一人悶絶していた。
(俺、仲間を手に入れたんだよな! 酒場で出逢った人をお持ち帰りした訳じゃなく!)
意識しまくりである。
ガイアからは戻るまでの間休めと言われているが、一切休める気がしない。
むしろ色々な意味でギンギラギンになってしまった己を落ち着かせるために固く目を瞑ってこれからの旅路について考える事にした。
(とりあえず、レベルを上げる必要があるし、聖剣の力も解放していかないといけないから聖地を巡礼するとして、ルートは……)
この街からどの聖地が一番近いのかなどを考えている内に落ち着いてきた。
(ガイアさん、旅が目的だって言っていたけど、俺の旅に付き合わせちゃって良かったのかな)
(危険な旅だけど、色々な聖地を巡る予定はあるから観光にはなるし、楽しんでくれるといいな)
(それにしても綺麗だったな。ただのマッチョならいくらでもいたけど、あんなに鍛え上げられててガタイの良い身体なのに無駄なく整っていて綺麗な人は初めて見た)
思考が脱線し始めたライトだが、いつの間にか水音が止まり、ガイアが浴室から出てきた事に気付いていない。
悶々と考えているところへ、シュッという音の後にふわりと上品な香りが鼻腔を擽った。
(うわ、凄いいい匂い。……いい匂い?)
ばちっ!と弾かれるように目を開くと、予想以上に近い位置にあったガイアの顔にライトの心臓が強く締め付けられた。
「起きたか」
「は、はい。もう上がったんですね」
どうやら起こそうとしていたらしい。風呂上がりで少し垂れた黒髪と、微かに香る薔薇の香りに心臓をせわしなく高鳴らせながらそれを隠すようにしてライトは起き上がるが、思わずガイアを凝視してしまう。
至近距離に居たため、始めは気づかなかったが、風呂上がりのためか彼は上半身裸のままだった。
(うわ、想像していたよりも凄い)
やや湿っている肌は健康的な褐色をしているためわかりにくいが、少し上気している。
頭をタオルで拭く動作に合わせて動く筋肉は力強く引き締まっており、そしてなにより胸板が分厚い。
無言で凝視するライトの視線に気が付いたガイアは、寝惚けているのかと不思議そうに声をかけた。
「いやっ、その。もしかして香水つけてますか?」
邪な視線を勘づかれたくない一心でややしどろもどろになりながらも別の事を口にする。
すると、得心がいったとばかりに「あぁ…」と小さく溢したガイアが机に置いてあった小瓶を手に取って見せた。
「嗜みとしてつけている。苦手か?」
「いえ、いい匂いだなと」
ライトの返答に、うっすらと目元を和らげながら「そうか」とだけ返したガイアに内心もんどりうっていた。
(うわ、うわ、うわ…! あんなに野性味ある身体つきしてるのに、身嗜みにも気を使っているとか!)
彼の発言や行動からうっすら上品さを感じていたが、体臭にまで気を使っているとは想像していなかった。
旅人や冒険者はその性質から、身嗜みや体臭は二の次になりがちだ。
旅が目的であるとのことと、大剣を振るう剣士、それも恐らく手練れのガイアがである。
(筋肉の汗臭さとかいいと思ってたけど、これはこれでヤバイ)
ライトが内心激しく動揺している内に着替えを済ませたガイアに「風呂は入らないのか?」と声を掛けられ、ライトは慌てて浴室へ飛び込んだ。
(あ~~……ヤバイ)
浴室でシャワーに打たれながら、反応してしまっている自身を見て吐息を漏らす。
この数時間で色々な事がありすぎた。
聖剣を抜いた日もまた慌ただしく様々な事が起こったが、今日のコレは種類が違う。
(俺は勇者。人々の希望。正しく在るべき者だ)
先程凝視して脳裏に焼き付いたガイアの身体を何度も思い返す。
直前まで此処に彼が居たからなのか、微かに薔薇の香りがするのもよくなかった。
(勇者なのに、こんな性癖を持つなんてなぁ……)
勇者の旅路を見たいと言って手を差し伸べたガイアに申し訳ない気持ちがわき上がるものの、一度抱いてしまった劣情は止められない。
何度も心の中で謝りながら、そっと手を自身に伸ばした。
(絶対にこの性癖だけはバレないようにしないと)
ライトは固く決意した。
「君も香水をつけると良い。勇者ならば体臭にも気を使った方が印象も良いだろう」
「ん"ッッ!!」
翌朝、大人の嗜みだと言いながらあの薔薇の香水を使って付け方を教えてきたガイアに、その決意が早くも危ぶまれたのである。
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