417人が本棚に入れています
本棚に追加
聖地巡礼-第一の聖地
勇者一行は現在、第一の聖地を目指して第二城下町ケテルスカから北へ向かった先の森へ来ていた。
鬱蒼とした木々の根に足をとられないよう注意しながら、ライトは先頭を歩くガイアの行動を思い返す。
昨日顔を合わせてから初めて彼の戦う姿を見たが、どの動きも洗練されており、戦い慣れている様子だった。
一つ弱点があるとすれば、魔法が使えないことぐらいだ。
旅をする中で何度か不便を感じていたらしく、ライトが多少の魔法なら扱えると聞いた時は「助かる」と喜んでいた。
一方、ライトは前衛をガイアに任せつつ、時折魔法を織り交ぜながら補佐的に立ち回っている。
ガイアが手練れであることも相まって、この辺りの魔獣ならばあっという間に撃退できてしまうため、やや手持ち無沙汰だ。
「一つ、気になったのだが」
木陰で休憩を取ることにして地面に腰を下ろしていると、おもむろにガイアが口を開いたのでそちらへ視線を向ける。
「"レベル上げをする"と言っていたが、そもそもレベルとは何だ?」
不思議そうに眉を寄せながら真っ直ぐ注がれる視線に対し、ライトは「うーん」と考える素振りを見せて木々に覆われた空を仰いだ。
「勇者特有のステータス、みたいなものですかね」
言葉を濁して答える姿に深く聞かれたくない意を察して「そうか」と返したガイアは、それ以上質問を重ねる事はなかった。
そうして暫く森の中を歩いていくと、奥へ向かうにつれて次第に生物の気配が遠退いていくのを感じる。
所々に遺跡の残骸らしきものもみられるようになり、足元が敷き詰められた石で舗装された道へと景色が変わっていった。
木々の隙間から溢れる光が降り注ぎ、空気中のマナが充満しているのを肌で感じながら、ガイアは道の先を鋭い視線で見据えていた。
現在は立ち位置を交代し、ライトが先頭を歩いている。
幾何学模様の彫られた遺跡群の密集地の先に、ひっそりと佇む大きな石碑を見付けた。
「ここが聖地……」
二人は各々、違った感情をもって同じ感嘆の声を溢した。
ライトは緊張を孕んだ声で。
ガイアは感動を含んだ声で。
石碑へ呼応するように淡い光を放つ聖剣を片手にふらりとライトが一歩踏み出した途端、周囲のマナがにわかに騒ぎだしたのを感じる。
反射的に警戒を高めたガイアが背中の大剣を抜き放ち、少し離れてしまったライトへ合流しようと駆け出すその瞬間、弾かれるようにマナが暴れだし、奔流となって渦巻きはじめた。
「っ!?」
予想だにしていなかった突然の変化に聖剣を握り直したライトがマナの奔流を睨み付ける。
目視できるまでの濃度になったマナの塊が弾け、形を成す。
それは3mほどの大きさで、真白く艶やかかつシャープなボディに巨大な鎌と脚が数本生えている姿はさながら機械仕掛けのカマキリのようだ。
不意に、頭部と思わしき部位の目にあたる結晶が緑色に瞬いた。
「下がれ!」
途端、ガイアの声に反応したかのようなタイミングでその巨体が弾かれたように彼へと飛び掛かり、大剣と鎌が金属同士のような甲高い音を立ててぶつかる。
細身のフォルムには見合わず非常に重いらしく、ここまで魔獣を軽々いなしていたガイアの力でもってしても勢いを殺し切れずに数歩分後退りさせられていた。
突然の事に思わず呆気にとられていたライトだったが、ハッと正気に戻り斬りかかる。
(硬い!)
ガイアの大剣と同じく、金属を叩くような音を響かせて聖剣が弾かれた。
咄嗟に剣から魔法へ切り替え、魔力の衝撃波を放つ初級魔法をぶつけると、うまくバランスを崩す事に成功した。
その隙にガイアは鍔迫り合いをしていた鎌を弾いて抜け出し、ライトと合流する。
「一体何なのだ、これは」
少しでも手を抜けば死にかけないような唐突の強さに困惑するガイアへ、記憶に心当たりがあったライトが表情を緊張に強ばらせながら敵を見据えた。
「これは、ガーディアンだ」
ガーディアンとは、聖地にて試練を課す者の名だ。しかし。
「でも、試練なんて4つ目の聖地からなのになんで1つ目から」
あまりにもレベルが足りなさすぎる、と掠れた声を溢すライトをガイアはチラリと一瞥し、そして直ぐ様その場を飛び退いた。
ガイアが立っていた場所に鎌が突き刺さり、地面を舗装していた石を砕きながらガーディアンがガイアへと猛烈な追い討ちをかける。
「ライト!」
力強く名を呼ぶ声で硬直していたライトの意識が引き戻され、ガーディアンの猛攻を交わすガイアと視線が交じわる。
戦え、共に!
燃えるように赤く力強い意思の籠った彼の瞳がそう言っている。
「ーーっ」
恐怖に固まった筋肉を緩めるため、深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。
(こんな所でやられる訳にはいかない。俺は、勇者なのだから!)
ライトに再び宿った意思の輝きを瞳に見出だしたガイアが、一瞬だけ「よくやった」と言うように満足げに目元を和らげた。
「はァッ!!」
その一瞬の内に元の鋭い眼差しへと戻したガイアが、腹に力を込めた声で短く吼えながら真正面から大剣をガーディアンの胴体に叩き込んだ。
先程のお返しとばかりに力の籠った一撃で、今度はガーディアンが数mほど後ずさる。
彼の反撃に対して憎々しげな金切り声をあげて威嚇のポーズをとるガーディアンと、それを静かに見据え、大剣を構え直すガイア。
(ガーディアンは何故かガイアさんばかりを攻撃している)
ライトは今にも加勢したい思いをぐっと堪え、冷静に状況を分析しようと必死に思考を巡らせていた。
今までのやり取りから、物理よりも魔法が効果的であることが伺える。
自分の立ち回りがこの戦いにおいて鍵を握っているのだと確信したライトは、周囲と敵を注意深く観察した。
胴体への攻撃、効果が薄い。
脚部への攻撃もまた、効果が薄い。
「それなら……関節はどうだ!!」
ガイアへの攻撃に夢中になっているガーディアンの背後へと駆け出し、魔力を鋭く練り上げて右側後脚部の関節へ直接叩き込んだ。
"シャインカッター"と呼ばれる光属性の初級魔法で、鋭い光の刃を打ち出す。
無防備な関節を滑り込むように光の刃が切断した。
【ギシャァアアッ!】
関節を切断され、脚を一本失ったガーディアンが一瞬だけバランスを崩す。
その隙を突いてガイアも右前肢の関節に大剣を強く打ち付けてメインウェポンの大鎌を一本へし折った。
地面に接地する右側の二本のうち一本の脚を失い、直立の姿勢を保てなくなったガーディアンが右側へ傾く。
間髪をいれずに走り出していたライトがそのまま右側へ回り込み、遺跡の瓦礫を踏み台にして跳躍した。
右側の鎌を失ったガーディアンは迫り来るライトに対応ができない。
「くらえ!」
無防備な頭部めがけてライトは両手で握り締めた聖剣を振り下ろす。
体重と勢いを加えた渾身の一撃は、ガーディアンの頭部の結晶を貫き、砕いた。
断末魔の声を上げながら震えたガーディアンは、不意にピタリと全ての動きを止めると、はらはらと光の粒子となって崩れて行き、そしてその粒子は聖剣とライトに吸い込まれていった。
「か、勝った……」
荒れ狂っていたマナの塊を吸収したライトは、戦いの終わりを感じて緊張の糸が切れたように息を吐き出しながらへろへろと力なくその場に座り込んだ。
その様子を傍らで見ていたガイアは、同じくその場に座りながら眩しいものを見るように目を細めていた。
最初のコメントを投稿しよう!