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見事に聖地のガーディアンを倒したライトに、ガイアは自然と笑みを浮かべながら感心していた。
(もし、立ち直らなければ見捨てようかとも思ったが)
名を呼ばれた瞬間にライトが見せた強い意思の輝き。"それはガイアによく見慣れた輝きだった"。
(成り立てでも勇者、か……)
その強い瞳に突き動かされ、見捨てようかとさえ思っていた彼を、つい手助けしてしまった。
本来であれば此処で勇者が事故死でもしてしまった方がガイアには好都合だったのだが。
ふと、ガイアは数日前……聖剣が抜かれた日の事を思い返す。
「魔王様!!」
「なんだ」
薄暗い曇り空の下、単身で城の門に向かうガイアを魔王と叫んで呼び止めたのは、その城に仕える魔族の側近だった。
息を切らせて走ってきた彼は必死の形相をしている。
「単身で人国に潜入など、危険すぎます! ましてや勇者の元へ行くなど!!」
言いつのる側近を片手で制しながら、必死の訴えも虚しくガイアは首を横に振った。
「人数が増えるだけ、気付かれやすくなるだけだ」
「しかしっ」
尚も食い下がろうとする側近にガイアは譲らぬという意思を込めて視線を鋭くする。
すると、ビクリと身体を震わせた後に側近は口を閉じた。
「私たちは"勇者"のことも、"人間"のことも知らなすぎる。互いに何千年と続く戦争をしているにもかかわらずだ」
ならば、この目で見に行くしかあるまい。
人とは何なのか。
勇者とは何なのか。
「それを知れば、何か手掛かりが掴めるかもしれん」
この終わりなき不毛な、"儀式"のようにも思える繰り返しの戦いに終止符を打てるかもしれない。
そう言い残し、ガイア……即ち魔王はその居城を後にした。
ガイアは魔王だった。
回想を終えて、一呼吸ついたガイアは立ち上がり、本来では宿敵であるはずの勇者、ライトの元へ歩きだす。
座り込んで惚けているライトに手を差し伸べた。
(今此処で彼を葬ってしまう事は容易い。だが、もう暫く彼を見ていたい)
魔王と勇者として対峙するその時までは、剣士ガイアとして勇者の旅路を共にしよう。
万全の状態での勇者と決着をつけることに意味がある。
数々の歴代勇者の終を見届けてきた魔王としての矜持か、ガイア自身の真面目な性格からか、彼は密かにそう決めたのであった。
(あ……)
ガイアに差し伸べられた手を取ろうとしたライトは、彼の浮かべる表情に目を奪われた。
普段の引き締まった強い眼差しは、穏やかに凪いで優しくライトに向けられていた。きっと無意識だろう。口元も微かに笑みの形をとっており、柔らかな微笑みを浮かべていたのだ。
顔に血が集まるのを感じて正気に戻ったライトは、慌てて差し出されているガイアの手を握り立ち上がる。
「やったな」
「はい!」
突如襲いかかった始まるはずのない剣の試練を無事に突破した喜びと、心なしか和らいだガイアの声音に言い知れぬ感情が溢れだし、いつもの用意された笑みではない満開の笑顔を浮かべてライトはガッツポーズをとったのだった。
聖地から帰りの道中、大型の魔獣と遭遇した。
見た目は殆ど熊だが、その毛皮や爪はマナによって強化されている。
行きの道中でも何度か遭遇したタイプの魔獣だ。
「ふっ」
その時はうまく刃が毛皮を通らずガイアが殆ど体力を削っていたのだが、短い呼気と共に斬りかかったライトの斬撃によって容易く魔獣の肉が切断される。
突然変化したライトの戦いぶりに驚いたガイアが目を見張っている間に、持ち前の軽い身のこなしであっという間に葬ってしまった。
「急に強くなったな」
剣についた血を払って鞘に納めるライトに向かって思わずそんなことを呟いてしまう。
先程までは刃がうまく通らなかった相手を今回はいとも容易く切り裂いたのだから当然だ。あまりに異常な変化に驚きを隠せないでいる。
「試練を突破して、レベルが上がったからですね」
「たった1つの試練でこれ程まで……」
驚きながらも、ガイアは内心納得もしていた。
ただの人間が魔族の王と生身で対等に渡り合うなど、そもそもそこから異常な話だったのだ。
魔族とは、マナに祝福された種族とまで言われるほどに魔力が高く、そして人間とは比べ物にならない身体能力を有している。
その王と生身で渡り合える人間など、いくらなんでも妙なのだ。
(こんなカラクリがあったとはな)
しかし、成長率が予想以上であることは確かである。そんなことをつらつら考えながら納得しているガイアへ、ライトの珍しくも遠慮がちな視線が向けられる。
「怖い、ですか?」
はっとしてライトと向き合う。
そこには普段と変わらない笑みを浮かべながらも、不安げに瞳を揺らすライトの姿があった。
「いや……近い内に私が足手まといになるのでは、と思ってな」
その返答に、ライトは何かを思い出したように「あっ!」と声を上げて先程までの雰囲気を霧散させる。
「それについてなんですが……続きは宿で話しましょう」
一体何があるのかさっぱり想像のつかなかったガイアは、疑問符を浮かべながら先を急がせるライトに押されるまま森の出口へと向かっていった。
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