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苦しげに溢されたガイアの希望通り、額に当てていた手を触れやすい頬へ滑らせたライトは、彼の顔色を伺いながらどうするべきか悩んでいた。
どうにかしてもっと楽にしてやれないだろうか、と気遣わしげに指先でそっと撫でる。
すると、ガイアが緊張を解くように微かな吐息を溢して身を任せてきた。普段の意思、身体共に強さを感じる姿からは想像できない弱った姿から鑑みるに、余程辛いのだろう。
(魔法を使えないって言ってたけれど、こんな拒否反応が出るくらい駄目な体質だったなんて)
罪悪感にきゅっと眉を寄せたライトは、かつて自分が熱を出して倒れた時に母がしてくれた優しい手つきを思い出し、ぎこちない動きで空いていた方の手でガイアの頭を撫でる。
ガイアが少し驚いた様子で目を開き、ちらりと此方へ視線を向けてきたので思わずぱっと手を離す。
「すみません、つい」
「……」
わたわたと両手を挙げるライトを認めたガイアは、音には乗せず唇を動かした。
かまわない。
妙に色気を感じる仕草に、ライトははち切れんばかりに騒ぎ出す心臓を自覚しながら再び手を頬に添えた。
そして、もう一度そっとガイアの頭を撫でる。段々と呼吸が落ち着いていき、汗も引き始めた頃、そのままライトの手に体重を預けていつの間にか寝入っていたので、そっとベッドに寝かせる。
出会ってから二日目。初日はベッドとソファという位置関係から、彼の寝顔を見ることはなかったライトは、今日初めて見ることになったガイアの穏やかな寝顔に視線が釘付けになっていた。
普段はきりりと寄せられている眉間が和らぎ、穏やかな寝息を立てている。
寝る時も警戒を怠らなそうだという勝手なイメージを抱いていたライトは、意外にも無防備に眠る姿に見入ってしまったが、もしかすると疲れきっていてそれどころではないのかもしれない事に思い当たり、眉尻を下げた。
(明日には体調が良くなっていますように)
何に対するでもなく心の中で祈りを捧げたライトは、なるべく音を立てないようにしながら浴室へ向かっていった。
目の前に、勇者が倒れている。
血溜まりに倒れる勇者の周囲には、満身創痍の姿で倒れ伏す彼の仲間たちの姿があった。
これで何度目だろうか。
程なくして勇者一行の姿が光に包まれ、目の前から消えていく光景を眺めながら魔王……ガイアは眉を寄せた。
今の勇者を倒しても、次の勇者が聖剣に選定されて挑んでくる。
何度も。
何度も。
聖剣が無くなれば終わるだろうか。そう思い、破壊しようとしたが魔王の力を以てしてもできなかった。
勇者が斃れれば、途端に勇者の遺体と仲間と共に聖剣が元あった場所へ転移してしまい、実に困難だ。
その不毛な戦いを繰り返している間に、周囲の者は代を重ねては消えてゆく。
「流石は我らが魔王様!」
「魔王様!」
自分の名を名乗る事をやめてから、人間はおろか、魔族からも私の名前は消えていった。
名を呼ばれなくなったのは何時からだろう。最近までは浮かぶ事もなかった思考がガイアの脳裏を過る。
「ガイアさん」
(そう、私の名は)
名を呼ばれた気がして振り向いた。
「ガイアさん、起きてください」
目が覚めると、ガイアはベッドで寝ていた。ここは城ではなく、宿屋であることを思い出す。
(懐かしい夢を見た)
ガイアの起床に気付くと、気遣わしげに見下ろしていたライトが「おはようございます」と安堵の笑みを浮かべた。
「大丈夫ですか? ご飯は食べられますか?」
「あぁ……」
起きるなり甲斐甲斐しく世話を焼き始めたライトに眉尻が下がる。
「私は病人ではないぞ」
「病人みたいなものですよ」
キリッと眉を跳ね上げたライトが力説するので、ガイアは内心困ってしまう。改めて自身の状態を確認するが、今のところ先日のような異常は見られない。
どうやら無事、ライトの魔力は馴染んだようだ。これ以上世話を焼かれても申し訳がないので話題を変えることにした。
「実際に体験してわかったが、勇者の魔力に反応して対象に聖剣の力が貸与されるのか」
「詳しくは俺もよくわかってないんですけどね。大体そんな感じみたいです」
勇者というのも謎が多いが、聖剣も謎だらけだな、と内心呟いたガイアはベッドから立ち上がる。
「立って大丈夫なんですか?」
「もう大丈夫だ」
一先ず、朝食を待たせるのも悪いと思ったガイアはおもむろに服を脱ぎ始めた。
「わわっ! 急に何を!?」
そんなガイアの急な行動に慌てて顔を背けるライトの姿に怪訝そうな視線が送られる。
「昨日、風呂に入っていないだろう? すぐに出るつもりではあるが、先に朝食を摂っていてくれ」
「あ、あぁ! それぐらいなら待ちますので!」
チラチラと何度も視線をガイアと窓へ行ったり来たりさせるライトをやや不審に思いながら、ガイアは浴室へ消えていった。
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